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海がきこえる

本屋の文庫本コーナーの平積みに、見覚えのあるイラストのはっきり覚えているタイトルの本があった。海がきこえる。何度か見たことがあるジブリの映画で、でもジブリの映画の中でいちばん印象に残っていない、けれど、いつもそのタイトルだけはくっきりと思い出すことができる、そんな映画だった。
最後に見たのも何年前か思い出せないけれど、表紙に書かれた鋭い眼差しで見つめるヒロインの印象は覚えていた。わがままで、なにを考えているのかわからなくて、当時の私はその行動が理解できなくて、あまり見ていて心地よい映画ではなかったような、不可思議な印象を持っていた気がする。

それから何年も経って、東京のたまに行く本屋で見つけたその本の、もっと印象に残った点がその作者についてで、氷室冴子さんという人の復刊されたエッセイを読んですごくその内容が心にくっきりと好きだと思えて、大好きな本に出会えたときの充実感を覚えていたからだった。そうだった、氷室さんがこの本を書いて映画になっていたのだった、本屋で文庫本を手に取りながらそんな感動というか不思議なじわじわした感覚というか運命の出会いというか、自分の内側から恍惚感のような偶然を感じながら、すっと会計をして本を読み始めたのでした。

内容もぼんやりとしか覚えていない、そのとき見てから自分がすっかり歳をとっている、そんな作品をまた読むとき初めてみる作品では味わえない感覚とそこから出てくる感情があって、それはそれで醍醐味というか自分もいろいろ経験してあの時わからなかったなんて、なにも知らなかったってことだよなあ、なんて思えたりすることがほとんどで、やっぱり読み進めるうちにじわじわとお腹の下の方からそんな感情がにじみはじめてきて、うわー、この感覚は、、なんて悶絶する瞬間があったり、大人の身勝手さというか、そこに従うしかなかった頃の、従うことが生活だった頃の学生の頃の記憶がよみがえりつつ共感の感情も湧き出るも、すっかり大人になってしまった自分から出る感想はやっぱり主人公やヒロインにすっかり入り込むではなくどうしても大人の目線から読んでしまうことで生まれる感情の比重が大きくなっていることに少しの絶望を感じたりもした。

小説なのだけれどイラストがときおり差し込まれているこの本は、文字を読んで頭の中で進んでいた情景がページをめくったらそこに現れるような、そのイラストがなんとも言えず自分の中に染み込んでくるような味があって、あのとき見た映画がその瞬間頭の中でフラッシュバックするような、本を読んでいるのにいつもとは異なる感覚が刺激されている体験で、あの映画で流れていた印象的な音楽が読み進める中で何度も何度も頭の中で流れてしまうほどだった。

あのときの感覚といまの感覚はすっかり変わっていることもあって、
理解できなかったことが理解できるのは経験と、人への諦めと本当が嘘であったりすることが子供のときに思っているより遥かに多いということを知ってしまったからなのかもしれなくて、それでもあのときのあの感情を少しは、心の中で埋もれてしまった場所から浮かび上がらせることができたような夏のはじまりの読書体験だった。

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