【現代ファンタジー小説】祓毘師 耶都希の復讐(7)混乱真っ最中

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 母の死から三年経った4月。私自身に転機が舞い込んできたようにも思えた。

 遺児となった私は、数年被害者支援センターでケアを受けていた。暫く疎遠だったが、再び顔を出した。ネット上で見つけた『加害者連続死亡事件』について、知る者を探すために。大阪のセンターにも足を伸ばし、夕方神戸で再探索した。

 手掛かりのないまま時間《とき》だけが過ぎていく。期待はしてなかったが、フラストレーションによる苛々感と脱力感が、偏頭痛を強めた。
 センター内の折り畳み椅子に腰を落とし、暫く意識世界を閉じていた。出入りの少ない扉を眺めていたが、大きな影が私の視野を遮るまで、塊の存在に気付かなかった。
 焦点を合わせると、男服を着た人らしき物体。片手と合体した丸められた雑誌が、秒針リズムのごとく、腿で心地悪い音を立てている。視点を上昇させていくと、中肉中背の男と断定。大小のシワが顔に刻み込まれていた。女好きのようなニヤケタ顔と白髪混じりの頭で、勝手に分析した。いかにも酒大好き、ギャンブル大好き、と思わせるような、不快極まりない中年男。会ったことも見たこともない男は、なぜか前の席に座った。
 一気に嫌悪感と憎悪感が胃から口腔まで出てきた私は、睨みを効かし、立ち上がって逃げようとした。

「加害者死亡事件を調べてんのは、お嬢ちゃん、あんたかい?」

 ポイントを突いた男の名台詞が、動作を止めた。
 相手にしようかどうか迷ったが、事件について知りたいのは私の方だ。そのために足を運んでいた。
 どのくらいの時間だったか不明だが、脳機能が整理するまで、身動きが取れない。無意識に相手の眼を、ガン見していた。
 が、新しい情報が入手できるかもしれないと考え、前の位置に腰を戻した。

「あんな根拠のない事件、あんたは信じとるんかい?」

 間を空けたが、弱い声で「知りたいだけ」と答えた。

「おもしろ半分で調べてんならやめとき。無駄なだけや」

 再び間をとった後、ムカッとした腹を横隔膜で抑え、小さな声で「違う。本気。無駄かどうかは私が決める」と放った。

「知ってどうするん? 小説やら漫画にして売り込もうなんて考えよんなら、やめとき。アホにされるだけや」

 怪しい中老男であることは、未だ肯定的。先月までの私なら「あんたには関係ない!」と反抗期の少女のような態度になっていたはず。しかしこの時は、情報収集のために必要なら隠すことの、意味はなかった。私の体験は、全て事実だからだ。そう考えた結果、語ることにした。
 相手の冷静かつ簡単な非連続的質問に、答えていった。三年前の母の事件、犯罪と刑罰の矛盾、犯人への憎悪などを、正直に話していた。
 見た目に合わず、カウンセラーばりの男は、表情を変えず静かに耳を傾けていた。
 話し終えた後、これまでのペースが切り替わった。男の沈黙でそれを感じた。
 納得したのだろう相手は、さらに顔のシワを深めて笑顔を作った。

「そうかぁ、あの事件なら覚えちょるよ。あん時のお嬢ちゃんかねぇ。大変な想いしてきたんだろうなぁ〜」

 無言で頷くと、男はキョロキョロしだした。それにつられた私も、周囲を見渡す。この男が現れた時から、二人以外に誰もいなかったのは確認済みだった。
 相手に目線を戻した時には、嫌らしい中老男の顔が拡大していた。私が身を退けたのは、少女としての危険回避的反射だった。

「……よっしゃ! んじゃぁ、こっから話すことはダ〜レにも言っちゃいけんぞ。約束できるかぁ?」

 先ほど前とは違った白髪混じり男のテンポと語りかけ。私はすんなりと首肯した。

「世間には不思議な“力”を持っちょる奴がおる」

(えっ? なに?)

「よくテレビでも出てくるやろぉ。まぁ〜テレビや本に出てくる奴わぁ〜大抵ウソやけどなぁ。ホンマに“力”持っちょる奴は表に出てこん。いや、出てこれねぇ〜が正解やなぁ」

(……力?)

「でなっ、その加害者死亡事件の殆どは、その“力”を持つ奴らの仕業や! んやから、犯人もわかっとらんし、証明もできんから警察も動けんちゅうことやぁ」

(……仕業? ……こいつ、必殺仕事人の見過ぎじゃないの……)

 相手にしたことを後悔した私は、懐疑の目で睨みつけた。

「お嬢ちゃん、信じとらんやろぉ? まぁいい、信じるかどうかはお嬢ちゃんの自由や! 知りたい言うから、教えたんよ」

 突拍子も無い予想外の情報《ネタ》に、私の思考回路は混乱真っ最中だった。

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