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“もの言わぬ”皇子の奇跡 本牟智和気王9神話は今も生きている ことの葉綴り。三一二

明日は七草がゆ

こんにちは。
地元の氏神様へお参りに行き、明日7日から緊急事態宣言が出るかもしれないので、食料の買い足しをして、いつも原稿書いたりするカフェにも、ちょっと顔出してきました。
七草がゆの材料も準備OK!

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そして、午後から、「ことの葉綴り。」に向かいます。
前回は、この「ことの葉綴り。」のふりかえりとまとめをしてみました。
神話の物語が、読みやすくなっていますように!!


本牟智和気王(ほむちわけ)の出雲参り

さて、神話の物語を続けます。

第十一代の垂仁天皇(すいにんてんのう)の皇子の本牟智和気王(ほむちわけのみこ)は、生まれてから一度も、言葉を発したことのない、“もの言わぬ”皇子でした。
天皇の夢に、出雲の大神が現れて、「私の粗末になった神殿を立派にすれば、皇子は言葉を発するようになる」と、お告げを受けます。
霊力の強い曙立王(あけたつのみこ)が、「誓約(うけひ)」を行い、夢に現れたのは、「出雲の大神に間違いなし」と証明したことにより、本牟智和気王(ほむちわけ)は、出雲の大神さまへとお参りの旅にでたのです。
そのお供をしたのも、曙立王(あけたつのみこ)と、弟の菟上王(うなかみのみこ)でした。

卜占により、紀伊の国へ一度南下をして遠回りして出雲へ向かう道を進みました。

やがて、出雲に到着するや、本牟智和気王(ほむちわけ)一行は、すぐに、出雲の大神さまへと、丁寧に心を込めてお参りをしました

「大和を旅立ち、遥か遠き出雲まで来て、念願だった出雲の大神さまの大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)様へとお参りができた。
よかった、よかった」

曙立王(あけたつのみこ)と弟の菟上王(うなかみのみこ)は顔を見合わせて、嬉しそうに微笑んでいました
本牟智和気王(ほむちわけのみこ)も、嬉しそうなお供のものたちの笑顔に、満足そうにしています

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宮殿でのおもてなし

すると出雲の人々が、肥の河のほとりに、本牟智和気王(ほむちわけのみこ)のために、新しい仮の宮殿を建てて、お迎えしてくれたのです。

古来、神さまにお祈りをしてから後、神さまのお許しを得るまでに、宮にこもって精進する習わしだったのです。

ちなみに肥の河は、出雲では出雲大川や、斐伊川(ひいかわ)と呼ばれていました。

そして、出雲の国造の祖先となる、岐比佐都美(きひさつみ)が、皇子をうやうやしく宮殿に招き入れました

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皇子さま
この出雲まで、遠路はるばるようこそ、大神さまへのお参りにいらっしゃいました。
私は、出雲の岐比佐都美(きひさつみ)でございます、
この宮殿は、皇子さまが出雲にいらっしゃると知り、建てたものです。
どうぞ、ごゆっくりなさってください。
皇子さまはじめ、みなさまに、出雲のごちそうを準備して、お待ち申し上げておりました。

あちらをご覧ください。
これが、出雲大川(肥の河)でございます。
この川下に、あの青葉で飾った美しい山をご覧になりながら、この出雲の土地のご馳走をご堪能くださいませ。

曙立王(あけたつのみこ)をはじめ、みな、目の前のご馳走にとてもうれしそうです。
長旅で疲れもたまり、目的の出雲の大神さまにもお参りできたのですから。

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本牟智和気王(ほむちわけのみこ)の変化

そのときです。
岐比佐都美(きひさつみ)の言葉に、静かにうなずかれた本牟智和気王(ほむちわけのみこ)は、すくっと立ち上がると
宮殿の廊下へと歩いていき、外の自然を眺められたのです

兄上、皇子はどうされたのでしょうか?

わが弟、菟上(うなかみ)よ、珍しい出雲の何かを見つけられたのかもしれぬ……。

本牟智和気王(ほむちわけのみこ)ずっと、何か考えごとをしながら、美しい景色に目をやっています

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奇跡! 初めての言葉を

次の瞬間、本牟智和気王(ほむちわけのみこ)の目に光が宿ったかに見えました。
そして…………

こ、この肥の河の川下に見えている青葉の山のごときのようなものは、山のように見えるが……本物の山ではあるまい。


その場にいた、誰もが目を見開き、耳をそばだてました。

皇子が……皇子が……ものを言われた!!?
はい、兄上、しっかり言葉を話されました!!
祟りがとれたのだ!!!

お供をしてきた曙立王(あけたつのみこ)をはじめ一行も、出雲の岐比佐都美(きひさつみ)たちも、その場のもの一同、誰も、あまりの喜びから身動きもできませんでした。

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―次回へ

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