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命(みこと)も鬼も共に祀られて 神話は今も生きている ことの葉綴り。二三九

唸る鬼の首?!

おはようございます。秋晴れが気持ちいい朝ですね。
今日も「ことの葉綴り。」に向かいます。

神話の物語。
『欠史八代』の中の、第七代、孝霊天皇(こうれいてんのう)には、四人の妻と、五人の御子と三人の女王がいました。
この中で、「吉備」の名のつく二柱の御子、
大吉備津日子命(おほきびつひこのみこと)と、若日子建吉備日子命(わかひこたけきびひこのみこと)。
二人の兄弟は、力を合わせて、吉備國を平定しました。

そして、この平定こそ、童話「桃太郎」の「鬼退治」の物語の元型となったお話だったことを、前回紹介しました。

異国から吉備の国に飛んできていた、温羅(うら)。
荒々しく狂暴だったことから、人々は温羅の岩屋を「鬼の城」と、呼んで、恐れおののいて、「助けてください」と都に助けを求めます。
何人もの武将が、温羅に負けて逃げかえっていました。
そこに、遣わされたのが、大吉備津日子命(おほきびつひこのみこと)と、若日子建吉備日子命(わかひこたけきびひこのみこと)。

互角の戦いで、なかなか決着がつきませんでしたが、
ようやく、大吉備津日子命(おほきびつひこのみこと)こと、
吉備津彦命(きびつひこのみこと)は、温羅を捕まえたのです。

鬼の城の温羅を討ち取った!
一件落着。

誰もがそう思ったことでしょう。

けれど、吉備津彦命(きびつひこのみこと)と、温羅(うら)の物語は終わりではありませんでした。

捕まった温羅は、頸をはねられて、さらされますが、不思議なことに、なんど大声をあげて唸り響いたのです。

釜殿の下に埋める

困った吉備津彦命(きびつひこのみこと)は、家来に命じて、犬に食わせて髑髏にしますが、それでも唸り声はやみませんでした。

そして、吉備津神社の釜殿の下に埋めたのですが、それでも、唸り声はやまずに、近くの村々にまで響いたのです。
吉備津彦命(きびつひこのみこと)も、困り果てていました。
これは十三年も続いたといいます。

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夢のお告げと鎮魂


そんなある日、吉備津彦命(きびつひこのみこと)の夢に温羅が現れて、こう告げたのです。

『吾が妻、阿曽郷(あそのごう)の祝(はふり)の娘阿曽媛(あぞひめ)をしてミコトの釜殿の御饌を炊がめよ。もし世の中に事あれば竃の前に参り給はば幸有れば裕に鳴り禍有れば荒らかに鳴ろう。ミコトは世を捨てて後は霊神と現れ給え。われは一の使者となって四民に賞罰を加えん』

私の妻、阿曽媛(あぞひめ)にお釜殿の火を炊かせよ
もし、幸せが訪れるなら、この釜は豊かに鳴り響くだろう。
禍が訪れるなら、荒々しく鳴るだろう。
吉備津彦の命よ。
世を捨てて、こののち、霊神と成り現れ給え。
わたしは、命の第一の使者、僕(しもべ)となり、民に賞罰を与えるものとなろう。

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吉備津彦命(きびつひこのみこと)は、この夢のお告げ通りにしました
すると、これまでずっと続いていた唸り声も治まり、この地に平和が訪れたのです。

互角に戦った、吉備津彦命(きびつひこのみこと)と温羅(うら)の、奇妙にも強い縁。

吉備津彦命(きびつひこのみこと)は、温羅(うら)を、鎮魂し、
そして、ご自身も神と成られます。
温羅(うら)は、その命の第一の僕(しもべ)となった

すごい物語ですよね。

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今も大切なご神事「鳴釜神事」

この後、お釜殿では、この夢の通りのお釜で音を聴くのが大切なご神事となりました。
毎年、その年が良い一年かどうかを占うことになったのです。
これが、今にも続く、吉備津神社、釜殿の「鳴釜神事」です。

この神事は、神官と阿曽女(あぞめ)の二人で奉仕をしていたそうです。
この阿曽女(あぞめ)は、お釜殿で神事に仕えている女性のこと。この由来は、温羅の城の麓に阿曾の郷があり、阿曾媛は、温羅が寵愛した女性だったのです。それから、阿曾の郷の女性が、ご奉仕しているといわれています。

この「鳴釜神事」も、神話の温羅退治の物語に由来しているのです。


私が岡山のお寺に、滝行に行ったとき、宿泊した施設の温泉には、「昔、桃太郎伝説(吉備津彦命)と戦って敗れた鬼(温羅)が、戦の傷を癒しに入ったといわれる」と、ありました。
滝行で身を清めたあと、吉備津神社と吉備津彦神社さまへお参りしました。

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命(みこと)と鬼 今も共に……

吉備津彦命は、吉備の中山のふもとに茅葺きの宮を建てて、
二八一歳の天寿を全うされます。
そして、なんと仇で、鬼といわれた、温羅も封じ込められて、その後、命の第一の僕となり、艮御﨑宮(うしとらおんざきぐう)に、神さまとしてお祀りされているのです。

寵愛した阿曾媛(あぞひめ)に鎮魂、お祀りしてもらった温羅
互角の烈しい戦いを繰り広げたライバルだった両者が、ともに、吉備津神社にはお祀りされて、吉備の国や、私たちを守り続けてくださっているのですね。

『鬼滅の刃』の主人公の炭治郎も、鬼に対しても優しさを持ち続けていますよね。
闘い、首を斬った鬼にも、手を合わせる
鬼にも、鬼になってしまった悲しみ、孤立、恐れ……と理由がある。
そこに目頭が熱くなりますが、その“こころ”は、この古代の神話の時代から、私たちみんなが、受け継いでいるのものかもしれませんね

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古来の息吹を、感じる朝でした。
長くなりました……(苦笑)。

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―次回へ

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