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天照大御神さまから連なる系譜 元伊勢三四  ことの葉綴り三六〇

天皇誕生日と富士山の日

おはようございます。令和三年二月二十三日。
天皇誕生日の祝日ですね。
陛下は第百二六代目の天皇であられます。
この『ことの葉綴り』で、今、綴っている「元伊勢」。
皇祖神の天照大御神さまを、宮中からお出になりお祀りすることになったのが、第十代、崇神天皇(すじんてんのう)の御代で、神さまの御杖代(みつえしろ)には、皇女の豊鋤入姫命(とよすきいりひめのみこと)さま。
その跡を継がれたのは、第十一代、垂仁天皇(すいにんてんのう)の皇女、倭姫命(やまとひめのみこと)さま。
そこから現在までの126代とは……すごいですよね。
祝日をお祝いしたいです。

このときに、御杖代となられた皇女の豊鋤入姫命(とよすきいりひめのみこと)さまと、倭姫命(やまとひめのみこと)さまのおかげで、
伊勢の神宮が存在しているのです。ありがたい!!

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天照大御神さまの御こころを受けての旅
ご巡幸は、まだまだ続いております。

このご巡幸の道行でも豊鋤入姫命(とよすきいりひめのみこと)さまと、倭姫命(やまとひめのみこと)さまも、
ご先祖の神さまのご縁のあるところへと導かれていました

天皇誕生日の今回は、御杖代(みつえしろ)であり、祭祀をおこなう斎王(さいおう)と、ご先祖神さまとのつながりを紹介してみたいと思います。

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曾祖母も神祀りの比賣! 息長水依比賣

前回、倭姫命(やまとひめのみこと)さまご一行は、琵琶湖の東側を北上して、「淡海(近江)国の坂田宮」で、天照大御神さまをお祀りしたことを綴りました。

淡海(近江)」は、倭姫命(やまとひめのみこと)さまにとっては、母方の曾祖母にあたる「息長水依比賣(おきながのみづよりひめ)」さまの故郷だったのです。ちなみに曾祖父は、第九代開花天皇の皇子の日子坐王(ひこいますおう)さまです。


「近つ淡海の御神の祝(はふり)がもち拝く、天之御影神(あめのみかげのかみ)の女、息長水依比賣(おきながのみづよりひめ)」
(『古事記』より)

この母方の曾祖母神の「息長水依比賣(おきながのみづよりひめ)」さまは、近江「三上山御上神社」のご祭神をお祀りする祝(はふり)こと、神に奉仕するものであり、また高天原の神さまや、また琵琶湖や息長川の神さまに深くつながる比賣さまなのです。

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天照大御神さまの御子神 天之御影神

さて、「天之御影神(あめのみかげのかみ)」とは?
この神さまは、天照大御神さまの五柱の御子、第三の子である天津彦根命(あまつひこねのみこと)の子で、鍛冶の祖神
天照大御神さまのお孫神にもなりますね。
浄火守護の忌火の神さまといわれます。
天目一箇神(あめのまひとつのかみ)、天津麻羅(あまつまら)とも呼ばれます。
天照大御神さまの「天の石屋戸」にお隠れになったときに、剣や金属製の武具をおつくりになった神です。

「天照大御神さまのご巡幸」にあたり、第十代崇神(すじん)天皇は、この鍛冶神の子孫と伊斯許理度賣命(いしこりどめのみこと)の子孫に、ご神鏡の「八咫鏡(やたのかがみ)」を再び鋳造(ちゅうぞう)しつくらせたのです。

倭姫命さまは、天照大御神さまと連なる曾祖母の息長水依比賣(おきながのみづよりひめ)」さまの故郷「淡海(近江)の坂田」へと、ご巡幸なさったのです。

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天照大御神さまから連なる系譜

この頃、この坂田を治めていたのは、「息長宿禰王(おきながのすくねのおおきみ)」とされ、同じ、第九代、開花天皇の皇子の日子坐王(ひこいますおう)と息長水依比賣(おきながのみづよりひめ)さまとの子孫という間柄なのです
きっと大喜びで、倭姫命さまご一行をお迎えになり、水田を献上されたでしょうね。

開花天皇から続く日子坐王(ひこいますみこ)の系譜おもしろいので、よかったら、ご覧くださいね。

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そうそう、二月二十三日は、霊峰富士の「富士山の日」でもありますね。祝日を楽しんでくださいね。

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―次回へ

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