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荒ぶる神出現!+ありがとうの日 元伊勢四八  ことの葉綴り三七四

noteありがとう! Thank you DAY

こんにちは。サンキューデーの3月9日
いつも「ことの葉綴り」をご覧くださり、有難うございます
今回、初めての方も、一回でもご覧下さった方も、毎日、“会いに”きてくださる方も……この「note」を通して、出会ったお一人お一人に、「ありがとう」の感謝で、手を合わせます

皆さん、お一人お一人、「note」での“つながり”“出会い”があるかと思います。この私も、そう。みなさんとの”つながり””出会い”がありがたい
この「note」の“つながり”を通して、さらに、心が豊かに温かくなられて、人生の佳き一部となりますように!!
心よりお祈り申し上げます
ありがとうございます

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そして本日もまた。淡々と、神話の物語を、一歩一歩、綴ります
倭姫命(やまとひめのみこと)さまのように、古(いにしえ)、未来を含めた「今」を大切に、一歩、一歩、精進したいです。

どうか、これからも宜しくお願いいたします。
この「note」の世界で、共に在ることを、共に綴って発信していることを、共に、人生の心の旅を続けていることに、
ありがたさ」と、勇気と、ひたむきさ、を感じ受け取りつつ
私も、共に”発信“しながら、共に……ご一緒に、これからも宜しくお願いします。

ありがとうございます!!

さて、天照大御神さまが、伊勢の神宮にお祀りされるまでの「元伊勢」の物語
※これまでの1~343回までの、神代~13の神話の物語のまとめはこちらです。お好きな神様の物語をご覧になってください。


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御巡幸二十六年目、伊勢国「阿佐加(あさか)」へ

倭姫命(やまとひめのみこと)さまご一行は、伊勢の国に入られて「桑名野代宮(くわなのしろのみや)」と、鈴鹿国「奈具波志忍山宮(なぐわしのおしのみや)」で、天照大御神さまを四年間お祀りされました。

垂仁天皇の御代十八年 己酉、阿佐加の藤方片樋宮(ふじかたかたひのみや)に遷りまして、積(つみて)四箇年を歴(へ)て、斎き奉る。
このときに、阿佐加の弥子(みこ)に坐す伊豆速布留神(いつはやぶるかみ)、百往(ももゆ)く人をば五十人取り殺し、
四十往く人をば二十人取り殺す。
かくの如く伊豆速布神(いつはやぶるかみ)に、倭比売命、朝廷(みかど)に大若子(おほわくこ)を進上(たてまつり)て、
かの神の事を申せば

………

倭姫命(やまとひめのみこと)さまに、何があったのでしょうか?
ちょっと見ていきましょう。

第十一代垂仁天皇の御代、十八年の己酉年
倭姫命(やまとひめのみこと)さまは、阿佐加(あさか、現在の三重県津市や松阪市のあたり)の「藤方片樋宮(ふじかたかたひのみや)」にお遷りになられて、こちらで、天照大御神さまを四年間にわたり、お祀りなさいました。
大和国をご出立されてから、すでに二十六年の年月が流れていました。

覚えていますか? 最初の頃、大和国で出会われて「大物忌(おほものいみ)」となった童女大宇祢奈(おおうねな)。
この童女との出会いからも、二十二年以上の歳月が流れています。
大宇祢奈ちゃんが、もし当時五歳だったとしたら、二十七歳の大人の女性になっていますね。
倭姫命(やまとひめのみこと)さまが、もし十六歳だったとすれば、このころには、四十路の大人の麗人になられているのですね。

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鬼のような荒ぶる神

このとき、ご巡幸された阿佐加の峰に、たいそう荒ぶる神がいたようです。
名は、伊豆速布留神(いつはやぶるかみ)と言い、
百人、そこを行く人がいれば、そのうちの五十人を捕まえて殺し
四十人行く人がいれば、二十人を捕まえては殺していたといいます。
こんな”事件“凶暴なことが、頻繁に起こっていたそうです。
怖いですよね。

そこで、倭姫命(やまとひめのみこと)さまは、父上でもある垂仁天皇へと使者を送りお知らせになったのです。
使者となったのは、伊勢の桑名を治める国造(くにのみやつこ)で、仕えてくれている、大若子命(おほわくこのみこと)でした。

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父、垂仁天皇の詔(みことのり)は?

大和の国の朝廷までいき、大若子命(おほわくこのみこと)は、垂仁天皇に、伊勢の国の阿佐加での、激しく凶暴な荒ぶる神のことを詳しくお伝えになりました。

さて、ここでクイズです。
皇女である倭姫命(やまとひめのみこと)さまからの報告を受けて、垂仁天皇は、どうお答えになられたでしょうか?

其の一、「強き家来を送るので、鬼のような荒ぶる神の首を斬れ
其の二、「地方の皆で、力を合わせて、その神を追い出せ
其の三、「私から、その神にいろいろと差し上げて、その神の御こころを和らげて、鎮めなさい


この三択のどれだと思いますか?
垂仁(すいにん)天皇は、であり、皇祖神の天照大御神さまの斎王である倭姫命(やまとひめのみこと)さまに、どう「詔(みことのり)」をされたでしょう?
天皇の「詔」(使命)を受けた倭姫命(やまとひめのみこと)さまは、どうなさったでしょう?(^^)

三月九日
サンキュウデー!
ありがとうございます! noteの出会いに感謝!

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―次回へ
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