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好きだった先輩と3秒間だけ恋人になれた話



帰省する時使う路線。
濁った海、並んだ船の堤防。
通り過ぎていく3秒間。
恋い焦がれたときに戻るんだ。




待ち焦がれてもなかった高校生活。選んだ部活で出会った先輩だった。
アニメの話で味を味を占め、弾んだ会話で有頂天になっていた。
同じ高校、同じ路線。自然と重ねる会話と、投げかける笑顔に嬉しさと幸せを感じた春の始まり。




ある夕方。帰りに歩いた道の途中であなたに告白した。



「俺、先輩のこと好きなんですけど、付き合ってもらえませんか?」



口ごもってた唇を無理やり開き、恋い焦がれた気持ちを真っすぐに伝える。
だって知ってたから、あなたに恋人がいたことを。



「え、無理だよ。だって彼氏いるし…」



頭の中で描いてた言葉通りの言葉が返ってくる。
だよな。そりゃそうだ。なんでこんなこと伝えたんだろう。よし、謝ろう。困ってるし、うん。




「じゃあ1時間だけ!1時間だけ恋人にしてくれませんか?」




先輩の目を丸くした顔をみて自分も同じ顔をしてた。
どうやら僕は諦めきれないらしい。言葉にした時一瞬、心を覗いてみると、焦りと懇願が混ざり合っているのを感じた。




「1時間!?笑 んーいいよ。」




嬉しかった。でも1時間か…
自ら発した言葉に悔しさを感じながらも、その言葉に流される形で僕と先輩は1時間だけ、付き合うことになった。




一緒に帰る時に時々、船が並ぶ堤防の近辺で座りながら話をしてたことがあって、そこをデートの場所に決めた。
何を話したのか、それは今になっても覚えていない。ただその時だけは楽しく、でも寂しい気持ちを抱いていたのは記憶に残っていた。




時計をみると後10分。もうすぐお別れの時間だ。
時間の少なさに寂しさと悲しさを感じながら、会話の途中でできた沈黙。
濁った海を見つめて刻々と迫るタイムリミットを肌で感じていると、優しく自分の胸にあてるようにして先輩に抱きしめられた。
涼しげな風にあてられてほんの少し冷たくなった肌の暖かさと、一定に打たれる心臓の鼓動に身を預けながら、




「すごく楽しかった。今は恋人がいるから無理だけど、もしいなかったら君と付き合ってたと思う。必ず君のことを大事に思ってくれる人いるから、大丈夫だよ。」



先輩からかけてくれた言葉で覚えていたのは、これだけだった。
興味のない言葉はすぐに忘れるのに、大切な言葉はなぜ心の片隅で離れないのだろう。
そう先輩は言い残し、僕たちは別れた。そして先輩からの言葉を引きずりながら、しかし先輩がくれた肌の温もりと、心臓の鼓動に感じた幸福感を噛み締めながら、重くて軽い足取りで帰路についた。夕暮れ時の赤い光に寂しさを感じながら。



1年後、図書館。
読書用に借りた、厚みのある5冊の本の重さに苛立ちを感じながら、読書コーナーで本を返す。
重い本を返して解放感を感じながら、自転車置き場に向かう先に女性が1人。
思わず振り向いた。なぜだろう、見覚えがある。
その女性を見ていると、どこか懐かしさを感じた。自転車のペダルにかけていた足を地面にやり、声をかけるまでそう時間はかからなかった。





「あの、すみません。」



「はい?」



「いや、間違えました、すみません。」



彼女は帽子を深くかぶっていたから、顔をよく見ることができなかった。
黒ずくめの服装で、なんとなく陰気な感じ。そんな風貌をみて、人との関わりを避けていると直感的に感じた僕は思わず自ら引いてしまった。



「あれでよかったのかな」



それから学校の帰り道、使う電車で3秒間だけ映る堤防をみる度に、あの時のことを思い起こすようになった。
その時感じた感情、気持ちを思い返すと、一瞬だけでも恋人に戻れた気がしたのだ。




あの図書館以来、僕は彼女と会えていない。
しかしその電車で、その街並みの中のそれを見た時に、たしかに彼女を感じた気がしたのだ。
実家に帰るにはこの路線しかない。つまりいつもこの思い出を通り過ごすということ。
その時だけ、僕は彼女の恋人になれるのだ。





毎年1度、地元に帰省する時に使う路線。
通り過ぎる街並みに、3秒間だけ見える堤防の並んだ船、海の濁り。
僕は3秒だけ恋人に戻る。
あの時の肌の温もりと心臓の鼓動を思い起こして。



これまでも、そしてこれからも。


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