山中康司/生き方編集者

文章と写真と対話を通して、生き方に関するあれこれを探究してます。今の問いは「かぞくをつくる」。ポートレート/家族/福祉/ナラティブ/ グリーンズ/Huuuu/Proff Magazine / IG:instagram.com/kjymnk/

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  • 仕事の記録と記憶

    仕事の記録と記憶です。

  • 今日の猫パンチ

    秩序のない現代に猫パンチ。だいたいただの日記です。

  • ほしい“かぞく”をつくるための雑記帳

    「家族」というかたちにとらわれず、自分たちなりの“かぞく”をつくるーそんな人たちがいます。 そんな、「ほしい“かぞく”をつくる」ということについての探究の歩みをつづるマガジンです。毎週金曜に公開予定。

  • 人生の物語をつむぐ。

    生き方編集者が、「人生の物語」について日々考えること。

  • Life Stories.

    人生の物語をまとめたインタビュー集です。

最近の記事

僕らの表現はなぜ相手に届かないのか。「伝える」と「伝わる」のちがい

先週末、ぎふメディアコスモスを会場として開催されている「メディコス編集講座」で、グリーンズのスズキコータさんに声をかけてもらい、ゲスト講師をつとめさせていただいた。 テーマは「写真も撮れる編集・ライターになるためのインタビューカットの撮り方」。 そもそも自分ができてるのか?!とツッコみたくなるお題で恐縮しつつ、あとぎっくり腰でうめきつつ、いざ岐阜市へ。 まずもってメディコスという場所がすごく素敵で、受講生の熱量もすごい。取材体験に協力いただいた地域プレイヤーのみなさんも

    • 誰でもライターになれる時代に、誰かを傷つけないために。持っておきたい「ケアの視点」のこと。

      さいきん、よく「メディアによる傷つき」についての話に触れる。 たとえば重大犯罪の被害者の方で、加熱する報道によってプライバシーを侵害されただけでなく、その後メディアによる「悲惨な事件の遺族」というステレオタイプに押し込めた伝え方によって、スティグマ(負の烙印)にくるしんでいる方の話であったり。 たとえばインフルエンサーで、メディアによる「挫折をのりこえた、キラキラした成功者」として伝え方によって、実際の自分とちがう虚像としての自分が一人歩きしている感覚にくるしめられた、と

      • 2023年の視界は、白黒で、ちょっと良好

        「どんぐりでいっぱいのポケットにココナッツは入らない」 というボルネオとかそっちのあたりのことわざがある。というのは嘘で、僕がさっき考えた。無駄なことをたくさんやってしまうと大事なことが手に入らない、ということだ。 とにかく時間がない。 2022年は、そんなに大したことやってないはずなのにいつも焦ってた気がする。仕事をして、気づくと23時になってる。そんな毎日。 僕はそんなに仕事人間じゃなく、働く時間があったら散歩、もしくは寝ていたい人間なので、超楽しくて遅くまでやっ

        • 『ちょっと思い出しただけ』を観て考えた、「ちょっと思い出すこと」と僕らの人生

          もう勘弁してほしい、って映画がある。2度と観れない映画。 それはきらいとかじゃなくて、あまりにもぶっ刺さりすぎて、自分とわけて見ることができなくて、つらくなってしまう。そんな映画のひとつやふたつ、ありません? 僕にとっては『ジョゼと虎と魚たち』であり『ララランド』がそれだったのだけど、晴れて(?)そのリストが追加されました。(パチパチ) その映画は、『ちょっと思い出しただけ』。 監督・脚本松居⼤悟さん、主演は池松壮亮さんと伊藤沙莉さんで、2022年に公開された作品だ。

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        • ある街の上で
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          2022年の目標、「アイスをふたりでわけられる人間になる」と、その顛末。

          「ちょっと…なにしてるの…?」 と、当時付き合っていた彼女が言った。僕の右手には、アイスのコーン。さっき「一個をふたりで分けよう」と言って買ったアイスを、僕は一人でぺろりとたいらげていた。ふたりで歩きながらも、ぼーっとしていたのだ。 「信じられない!ふたりで食べようって言ったじゃん!!」と怒る彼女。当然だ。僕は引いた。彼女のけんまくに、じゃない。自分にだ。「え…なにしてんの俺…」と。 今思うとキモいが、ずっと「自分はそこそこやさしい方だ」と思っていた。電車ではスマートに

          「わかりあえなさ」が、生きやすさのきっかけになる。 -『家族は他人、じゃあどうする?』竹端寛-

          「話せばわかりあえる」なんて無邪気に思っていた青春時代を経て、歳をとると悟る。「どんなに話し合おうとも、わかりあえないじゃん!」と。 家族やパートナーといった近しい関係だとしても、「なんでそんなことするん!?」と、とまどったり、怒ったりしてしまう。 そう、“家族は他人”なのだ。 家族とわかりあえないこと。それを終着点にするんじゃなくて、対話の出発点にすることもできる。鷲田清一も「「分かりあえない」「伝わらない」という戸惑いや痛みから出発すること、それは、不可解なものに身

          自由に家族をつくるためには、「家族主義からの脱却」が必要? -『結婚と家族のこれから』筒井淳也-

          家族に関する連載のなかで、「家族は自由になっている」と書いたことをちょっと反省している。というのも、さいきん読んだ『結婚と家族のこれから』という本で、「それはちがうぜ」といったことが書かれていたからだ。 『結婚と家族のこれから』の概要は、こんな感じ。本の紹介ページからの抜粋でご容赦を。 著者の筒井淳也さんによれば、現代社会で起きているのは「家族の自由化」ではなくて、「共働き社会化」だ。 もうちょっとくわしく説明すると、「男性も女性も経済的に困窮せず、その上で自由に結婚し

          書く迷い

          noteの使い方もむずい。なんだかつい、綺麗なこととか、役立つこととかを書きたくなるのだけど、ほんとうの自分ってもっとまとまらないものだし、きたない部分をしこたま持っているのだ。 さいきん読んだ写真家の植本一子さんの本がおもしろかったのは、それが日記だったから。脈絡のない会話、特に意味づけされていない出来事、ドロドロした感情がそこには書かれていた。そういうのって、ふだん読む記事にもSNS上にもないから、なんだか新鮮で。 でも、僕らが生きてる日々って、ほんとうはそうだよなぁ

          おじさんこそ、かわいさが必要である。

          ちまたにはおじさん向けの雑誌もたくさんあって、そこでうたわれているのは「イケオジになろうぜ」、みたいなことだったりする。 僕もねがわくばイケオジになりたい。おじさんになってもモテたい。けれど、年齢的にはほとんどおじさんと言ってもいいくらいになった今、渋さやスマートさと同じか、それ以上に、“かわいくありたい”と思うようになった。 おじさんこそ“かわいさ”が必要なんじゃないか。 おじさんは、そこにいるだけである種の圧をもってしまう。たとえば20代の頃と比べて、会議で自分が話

          人類には瑣末だが、僕にとっては偉大な飛躍。それが「心の安全基地をつくる」。

          そういえば、かつて感じていたような孤独感、不安定さがなくなってきた気がする。 今年の年始に立てた目標のひとつが、「心の安全基地をつくる」だった。 「心の安全基地」は、アメリカ合衆国の心理学者であるメアリー・エインスワースが1982年に提唱した概念で、不安や恐怖、孤独を感じる時に逃げ帰れる場のこと。 去年までの僕は、なにかあたらしいことを始めても続かなかったり、不安なことがあると折れてしまったりして、それは自分が意志がよわいからだと思っていたのだけど、いくら「今度こそ!!

          「働かねば」をほぐすために、波に乗る。

          さいきん、平日にサーフィンに行くようになった。 午前中に作業をある程度片付けて、昼過ぎから湘南へ。なんていうと、かっこ良さそうに聞こえるが、まだ初心者なので、なんていうか波に遊ばれまくってる。生まれたての子鹿が海に立ってる感じだ。 だけど、海に入っているだけで気持ちがいいし、波待ちしながら海面が夕陽に照らされてオレンジ色にてらてら光っているのを眺めているだけで、満たされた気持ちになる。 前は、平日にサーフィンなんてなかなかいけなかった。時間がない、というわけじゃなくて、

          家族写真は、家族との出会いなおし。

          先日、大切な友人のマタニティフォトを撮影させてもらった。 彼女とは大学1年のときに知り合っているので、かれこれ14年くらいの付き合いだ。そんな友人の、大事な節目に写真を撮らせてもらえること、旦那さんとはじめてお会いできること、そしてひさしぶりに慣れ親しんだ土地(彼女が住むところは、僕が育った北関東のまちのちかく)に撮影で行けることがうれしく、精一杯撮影させてもらった。 レタッチした写真を送ると、「家族になったんだっていうことが伝わってきた!」と、彼女。ほんとうに喜んでくれ

          グリーンズは灯台だよね

          「グリーンズは灯台だよね」 という言葉が、その場から出てきた。 グリーンズが始めた採用支援事業、「グリーンズジョブ(当時はグリーンズ求人)」について、読者からヒアリングする会をひらいたときのことだ。 僕がいったような気もするし、誰かがいったような気もする。今となってはわからないのだけれど、僕はやけに「グリーンズは灯台」というたとえがしっくりきたので、今でもこの言葉をよく覚えている。 「灯台」って、どんな存在だろう。 その歴史をしらべてみると、「岬や島の上に石などで塔を

          成長は、散歩できるようなること。

          あんまり気持ちがいい天気なので、作業もそこそこに下北沢を散歩した。コーヒースタンドでカフェラテをテイクアウトして、ぷらぷら。世田谷代田の駅前からは遠くに富士山も見える。少し風が肌ざむいのも、なんだか気持ちがいい。 目の前に予定してた作業、窓の外に澄んだ空があるとき、以前の僕であれば、「とはいえ、やらねば」と作業してた気がする。が、今ではうしろめたさなく作業よりも散歩をとれるようになった。冗談で言っていた「散歩の合間に仕事をするライフスタイル」が、あながち冗談ではなくなってき

          パニック発作とわたし

          実は僕、映画館が苦手である。 ただし、映画は好きなのだ。そんな、「ラーメンは好きだけど、ラーメン屋は苦手」みたいなことがあるのか?と思われるかもしれないが、あるのである。 たまには映画館も行くにはいくのだけど、条件がある。 それは、「なるべく通路側の席をとること」。いいかえると、「いつでも逃げ出せる状況でいること」。 というのも、パニック発作の症状があるからだ。 パニック発作は、「不意に出現する自制心を失いそうな、あるいは死ぬのではないかといった激しい恐怖感と、動悸、

          写真にこめられた“祈り”について。川原和之さんの写真展で感じたこと

          先日、川原和之さんの展示へ伺った。 ご自身の祖父母と娘さんを撮り続けている川原さんの写真は、以前から惹かれていた。月並みな表現をつかってしまえば、「まなざしのあたたかさ」が伝わってくるのだ。 写真には関係性があらわれる。 僕も家族写真を依頼されて撮ることはあるけれど、川原さんのようには撮れない。対象と深い関係でむすばれた人でしか撮ることができない写真というものがある(逆に、きっと近しい人では撮れない写真もある)。川原さんの写真は、まさにそれだ。 展示会場で川原さんは、