絵画を見て、パーセプションを磨く
知覚力を磨くという本を読んだ。
知覚について80名位を相手に講演したことがある。当時は知覚に強く関心があり、写真を見て「おや?」と思う力を磨くような研修を考えていた頃だった。違和感、ひっかかり、そうしたところに敏くなってほしいという思いからだ。
その後、対話型鑑賞などについて勉強したいなと思っていた中で、美術作品を見ながら知覚を磨くという観点の本書は面白そうだと感じた。
本書は、おそらく多くの人にとって面白いのは前半だと思う。しかし、僕は後半の技術的な部分に面白さを感じた。後半をまとめ上げると、前半の理解が進む。
本は前半に言いたいことが詰まっていて、抽象度の高い内容が具体例を交えて書かれていることが多い。そして、後半は比較的マニアックというか、技術的な内容や各論が書かれている。
本書では、技術として、以下の4つを挙げていた。
まずは全体図。全体像と区別しながら語られる。この違いについては読む方が早いだろう。今後はこの言葉は使い分けたい。図にはコンテキストが多分に含まれる。
2つ目は、組織的観察だ。全体を見て、何を扱っているかを掴む。本書では、コンテキストと基本的要素というが、コンテキストとは、時間や場所や状況、基本的要素とはモチーフ?となる建築物や人といったものを指す。これは概観の技だ。概観なしに妙な各論がなされることが仕事では多い。そして、焦点(フォーカルポイント)を選び取り、観察する。フォーカルであり、フォーカスではない。フォーカルポイントとフォーカスがほぼ近い意味で使われるようだ。以下がwikipediaだが光学用語らしく、読むのは諦めた(笑)
2点目の続きだ。フォーカルポイントではない部分を「手順を決めて」観察し、最後は改めて全体図から解釈を加える。この際に大切なのが「周縁」だ。周縁を最後に見て解釈を調整する。
---ここからは飛ばし推奨---
周縁という言葉も辺縁、縁辺、周辺などの言葉が思いつき、混乱した。検索したところ、辺縁は、文化や国家といった文脈での用例が多い。縁辺については、さっぱりわからなかった。新大久保にある延辺料理も頭をよぎり混乱した。なんとなくだが、辺の外、辺の上、辺の内といったところで区別がある気もしたが、周縁には辺という漢字がなかったので、一旦、中心から遠い周にある「まわり」と理解した。
---ここまで---
次に3つ目だ。周縁部を見ると「ブラインドスポット」に気づきやすくなるという。横文字だが、「盲点」のことだ。ここは技術といいながらもブラインドスポットに目を向けることで変化に気づけるとしか書いてなかった。
最後に4つ目だ。これは「関連付け」の話だった。推論法といってもよいだろう。類推(アナロジー)や比喩などの説明がなされていた。少し前に書いた以下の記事の話と概ね重なる。
結局のところ、絵画をモチーフにしているが、論旨は、全体を見よう、論点(焦点)を見よう、要素分解しよう。、理破綻をチェックし、整合のとれない話はないかを見よう、ということだ。
となると、やはり冒頭で書いた「写真」でも、文章で書いた「ケーススタディ」でも同じだ。別に文学作品だってよい。「なんとなくではなく、具にみようね」「意図があるんだから、洞察しようね」そんな話だ。忖度に近い。修辞(レトリック)から真意を読み取る話となんら変わりはない。
ここで、本書の前半に戻る。リベラルアーツには三学四科がある。その三学とは、文法、論理、修辞を指す。幅広い教養をリベラルアーツというのではない。美術は四科の方に入る。(僕はリベラルアーツ専攻なんだなぁ)
ちなみにこの三学四科という言葉は、言語がtrivium/quadriviumと、3/4にviumをつけただけのものなので、学/科-文字通り学科のことだが-は、日本で付いた訳だと思われる。(調べたい)
最後に、このパーセプションの磨き方は、美術である必要があまりないとも感じた。VAKモデルというNLPで使われる単語がある(NLPは好きではないが、たまたま後輩が有資格者かつこのフレームワークは使い勝手がよいので援用する)。視覚(ビジュアル)、聴覚(オーディブル)、触覚(キネティック)の略だが、目の人のうち、特に絵で理解するタイプには合いそうだ。僕は文章で理解するタイプなので、目に近く、美術は比較的合う気がする。しかし、聴覚と触覚の人にはどうか。ここには「周縁」がある気がした。
追記:以前、パーセプションとインサイトという言葉の使い分けをみた。パーセプションは目に見えているもの、インサイトは目に見えないものということだったが、このパーセプションとは、知覚することではなく、知覚されたものという意味だったと再解釈した。
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