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脳のアーカイブ機能をぶち壊す非連続の必要性に関して

連続性と非連続性。

連続性のある日常は、脳のアーカイブ機能によって効率化される。
毎回、すべてを考えていたら、情報オーバーだから。

スマホを見ていても、駅まで歩いていけるように。
普段、冷蔵庫の音が聞こえないように。

当たり前のことが気づけなくなっていくのが連続。

その連続性を無理やり止めることが大切。
非連続性の必然。

妻が体調が悪くなった時に、大切さに気付いたり。
他社との合同研修したときに、自分の部下の良さに気づいたり。
カメラをもって散歩すると、道端の花に気づいたり。
キャンプに行くと、家族の時間の大切さに気づいたり。

定期的に、脳のアーカイブ機能を意図的に壊すことで、日常に感謝できる。

「有難い」という言葉がある。
「有る」ということに、気付くことが「難しい」。

脳のアーカイブ機能によって、「有る」ことが当たり前になり、感謝することが「難しい」。

子育てによる幸せも同じかもしれない。

子供の存在は、まさに、非連続。
予測不可能だし、社会人の自分では、赤ん坊の行動は、アンコントロールだし、幼稚園、小学校、中学校のイベントや子供の経験は、非日常。
子供といることで、強制的に社会人としての日常は壊され、会社世界の当たり前に感謝したりすることができる。

音楽をはじめる
旅行に行く
研修を受ける
学校に行く

日常の中に、非日常を取り入れて、非連続の状態を作り出すことが
認知を高めるのかもしれない。

この記事は、ポッドキャスト「超相対性理論」を聞いて、書いたものです。
興味のある方は、ぜひお聞きください。

最後まで読んでいただきて、ありがとうございました。
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