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【校閲ダヨリ】 vol.29 カギカッコの使い方



みなさまおつかれさまです。

先日、「カギカッコの正しい使い方について記事を書いてほしい」と、とある方からリクエストをいただきました。
私も、かねてより「いつか書こう」と思っていたテーマであり、大学時代の指導教官だった教授にもアドバイスを請うべく連絡をとったりしていたのですが、これが深入りすればするほど出口が見えず、記事にすることができませんでした。
直接話をお聞きしたことで、ご質問者さまを含め、こと出版物に携わる方は想像以上に多くが同じ疑問を抱えているのかもしれないと思い、脳に鞭打ち今回の記事化を急ぎました。


あらかじめお断りしておきたいのは、カギカッコにおいても明文化されたルール(すなわち正解)は驚くほど少ないです。(ないに等しい、といったほうが良いかもしれません)
つまり、「こうしたらどうでしょう?」という提案が主になります
その点、ご理解の上お読み頂ければ幸いでございます。


さて、では、導入としましてこの「カギカッコ問題」はどこが問題なのかというところからスタートしたいと思います。
   
カギカッコには、ふたつ種類があることはみなさんご存知かと思われますが、
「 」(一重カギ)と『 』(二重カギ)があります。
これが初めて登場するのが、小学校の国語の授業です。
おそらく作文の書き方のところだったと思いますが、こんな風に教わったのではないでしょうか。
   

「 」の中に登場するカギカッコは『 』になる。

   
はい、その通りです。これは、明文化されているルールにのっとっています。
ですが、世の中の出版物を見渡してみると、「『 』」の関係にはないところで『 』が用いられているものに出くわす機会が多くあります。
前号(vol.28参照)でご紹介した書名の『 』や、おそらく「 」よりも強調の意味合いを強めてブランド名や店名に使っている『 』がそれにあたります。
   
   
ああ! 見たことある! でも、それのどこが問題なの? 問題ないから使っているのでは?
   
   
うーん、確かにおっしゃる通りなんですが、このあたりからすでに私の葛藤は始まっているんです。
これらの『 』の使い方は、明文化されてはおらず、今後ルール化される運びにもしなったとしても、線引きが難しすぎて国語学者もなかなか判断しづらい状況になっていると思います。
つまり、一見するとなんらかの法則に基づいて使用されていると思われるカギカッコの使い方ですが、書いている本人ですら無意識のうちに新しい使い方を生み出している、いわば「ぐちゃぐちゃ」な状況なんです。
   
   
そもそも、カギカッコに関するルールはどんなものがあるの?
   
   
かしこまりました。お見せ致しましょう。
現在、日本語でカギカッコの使い方が公に登場する唯一と言ってよい資料が、昭和21年3月に当時の文部省教科書局調査課国語調査室が作成したくぎり符号の使ひ方(句読法)(案)です。
これは、「文部省で編修又は作成する各種の教科書や文書などの国語の表記法を統一し、その基準を示すために編纂」されたのですが、タイトルでお察しの通り、あくまでこれも(案)です。
しかしながら、発表以来半世紀を超えてなお、現在でも公用文、学校教育その他で参考にされているようなので、カギカッコの使用における「基づくもの」として使えるかと思います。
   
さて、これにはこんな風に使用法が書かれています。
   
   

一、カギは、対話・引用語・題目、その他、特に他の文と分けたいと思ふ語句に用ひる。
  これにフタヘカギを用ひることもある。

二、カギの中にさらにカギを用ひたい場合は、フタヘカギを用ひる。

三、カギの代りに〝 〟を用ひることがある。

  
   
一番わかりやすいのは、「」でしょう。これはみんな知っています。
気になるのは、一&三の「用いることがある」という表現です。ここの線引きが曖昧模糊としているがために、多くの日本人が頭を抱えているのです。
   
さて、愚痴っぽくなってしまうので、先を急ぎましょう。
   
   
」では、目立たせたい時に使うカギカッコの使い方がテーマになっています。「用いることがある」という表現は、「基本的には用いない」と解釈することができますから、私はここを出発点として考察を進めたいと考えます。
「一」の例に上がっているのは「会話文」「引用」「タイトル」「マーカー的用法(強調)」の要素です(詳しくは、こちらを参照ください)。
現在の使われ方と比較すると、「タイトル」「マーカー的用法(強調)」の部分で『 』が多く用いらる傾向があるように思います。
基本的には、「筆者が自由に使えば良い」というのが私のスタンスではあるのですが、その使用者の中で基準を設けておかないと、見た目にも汚いですし、読者のスムーズな読みを損なってしまう可能性もあるでしょう。
   
タイトルでの『 』の使用は、昭和37年に文部省の依頼で「国語表記の問題」を記した宇野義方が「『河童』(芥川龍之介)」などと用いているのに当たることができますから、当時から慣例になっていたと推測できます。現在も一般的ですので、これは『 』をデフォルトにしてよいと思われます
   
   
マーカー的用法(強調)ですが、こちらは「 」で事足りるのではないかと考えます。なぜかというと、基準を設定しづらいからです。「 」以上に強調したい時に『 』を用いるとすれば、どこかで線引きをしないといけませんよね。筆者の主観と読者の主観が完全に一致するのであればそれもよいと思いますが、そんなことはたとえ家族でも難しいです。
ここで、折衷案ではないですが、「三」の〝 〟(横組みでは“ ”)を使う方法を私はお勧めしたいと思います。「 」と『 』は形が似ているのでどうしても延長線上にあるような気がしてしまいますが〝 〟(“ ”)は形も違うので、はっきりマーカーであることがわかるのです。
   
   
さて、私の未熟さを露呈するような今回の内容でしたが、いかがでしょうか。
言葉はみなさんの固有のツールなので、ご自身が納得される表現ルールを構築してみるのもよいのではないかと思います。あくまで能動的に、プラス思考で楽しんでみてくだされば、私も嬉しく思います。
   
   
それでは、また次回。
   
   

参考文献
くぎり符号の使ひ方(句読法)(案)」(文部省教科書局調査課国語調査室)
宇野義方(1962)「国語表記の問題」(文部省)



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