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芥川龍之介論2.0

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#夏目漱石

読み誤る漱石論者たち ダミアン・フラナガン② 谷崎は芥川の弟子ではない。

読み誤る漱石論者たち ダミアン・フラナガン② 谷崎は芥川の弟子ではない。

 ダミアン・フラナガンが毎日新聞にまたいい加減なことを書いている。これを読むのは主に外国の人なのだろう。間違った情報が海外に発信されているとしたら、いや、実際にされているのだが、これは彼個人の問題ではなく、そのプロフィールで公にされている出身大学やこの記事を掲載している新聞社の問題でもある。
 まず基本的な誤りを指摘すれば、谷崎潤一郎は芥川龍之介の弟子ではない。敢えて言えば、永井荷風の引きで世に出

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シンプルな読みに向けて

シンプルな読みに向けて

 これまで私は夏目漱石から谷崎潤一郎までのいくつかの作品について、何か書いてきた。それを「新解釈とは言えないまでも私なりの感想のようなものをまとめてみました」とでも書いてしまえばいささかでもお行儀が良かろうものを、私は「宇宙で初めての新解釈です」と云わんばかりに書いてきた。これはどう考えても私なりの感想のようなものではない。現に、『途上』のからくりにさえ、誰一人気が付いていなかったのではないか? 

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『三四郎』を読む⑪ 青春小説を読むとはどういうことか

『三四郎』を読む⑪ 青春小説を読むとはどういうことか

 ここしばらくどうでもいいことを書いてきたので、そろそろ文学の本質的な話をしたいと思う。初心な田舎者、明治元年くらいの頭の意気地のない男、そう三四郎を笑おうとした人たちは、この三四郎が捉えた美をどう眺めただろうか。

例えば言葉そのものはいささか軽いが、結果として「青春小説の金字塔」としての『三四郎』という見立てに私は大きく反対しない。子持ち女に迫られて風呂場から逃げ出す三四郎も、与次郎にラ

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ある死をめぐる考察 静子が殺されたことは明らかにおかしいのだ

ある死をめぐる考察 静子が殺されたことは明らかにおかしいのだ

 吉田和明の『太宰治はミステリアス』(社会評論社、2008年)は太宰治を聖化しようとする太宰ファンたちの神話を突き崩そうという試みであり、少なくともこれにより太宰の死に顔は微笑んでいたという神話は明らかに突き崩されているように思える。しかし太宰ファンではない、ただの太宰信奉者ではない、単なる浅はかな太宰作品の愛読者であるこの私にとって、太宰の死体がぶよぶよであったことなどはどうでもいい。ここから始

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夏目漱石作品と芥川龍之介の生活 夏目さんにしてもまだまだだ

夏目漱石作品と芥川龍之介の生活 夏目さんにしてもまだまだだ

 皆さん、あの『こころ』の「私」のところへ「芥川」を置いてみてください、と『芥川龍之介の文学』で佐古純一郎は書いている。これが近代文学1.0における根本的なミスの事例であることは指摘するまでもなかろうか。佐古純一郎は芥川龍之介は漱石文学を継承したというストーリーを持っていて、そのストーリーに芥川作品を無理やりはめ込むつもりなのだ。だから芥川が漱石に対して感じていた畏怖や圧迫感をすがすがしい敬愛に置

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芥川龍之介の論理・太宰治の意地・三島由紀夫の蟹

芥川龍之介の論理・太宰治の意地・三島由紀夫の蟹

人の悪い芥川「お父さんは相当な皮肉やさんだったけど、私や使用人にも荒いことばで何か言ったり怒ったことはない人でした」「お父さんは普段怒らないし、やさしい人だったけれど、皮肉やさんでしたね」(芥川瑠璃子『双影 芥川龍之介と夫比呂志』)これは文の言葉である。瑠璃子は「ちょっと人の悪いところもある龍之介」と書いている。

 私は既に芥川龍之介作品の核は「逆説」であると書いた。この『実感』では「死骸の幽霊

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サバイバーズ・ギルトのない風景

サバイバーズ・ギルトのない風景

 芥川龍之介が直接的に戦争について書いた作品は『首が落ちた話』と『将軍』のみであると言って良いであろうか。「東西の事」を書いた『手巾』が戦争に関して書いたのではないとしたら、そういう理屈になるのではなかろうか。

 しかしこんな残酷な風景はむしろ付け足しである。芥川にとって戦争とは単なるプロットに過ぎない。芥川は『将軍』でも『首が落ちた話』でも戦争を材料にはするが、戦争そのものを云々する意図は見

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漱石・芥川・太宰・三島のらっきょう

漱石・芥川・太宰・三島のらっきょう

 鞄に入る入らない問題、そして副知事室に4500万円トイレ設置で有名な作家猪瀬直樹は三島由紀夫について『ペルソナ 三島由紀夫伝』でこう述べている。

 らっきょう頭から生まれる絢爛たる文学といえば、やはり芥川龍之介のことを思い出さざるを得ない。芥川龍之介の小中学生時代のあだ名はやはり頭の形から「らっきょう」だった。このらっきょう頭、太宰では顔になり、精神になる。

 このらっきょう顔について、夏目

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現代文解釈の基礎『羅生門』と『こころ』

現代文解釈の基礎『羅生門』と『こころ』

 『着眼と考え方 現代文解釈の基礎』(ちくま学芸文庫)という本が復刻され本屋に並べられていました。これは残念ながらまるで日本語曲解の基礎とでも呼ぶべき迷著でした。こんなものは復刻しなくてもいいでしょう。私はこれまで駄目な解釈が①書いてあることを読まない②書かれていないことを付け足す、という二つの誤りによって生じることを繰り返し説明してきました。この『着眼と考え方 現代文解釈の基礎』もそのパターンに

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