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夏目漱石論2.0

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2022年2月の記事一覧

夏目漱石の『琴の空音』を読む①→『明暗』を読む 津田と先生とKと幽霊

夏目漱石の『琴の空音』を読む①→『明暗』を読む 津田と先生とKと幽霊

  夏目漱石の遺作『明暗』の主人公の苗字が「津田」であることには、少しは遊びの要素があったのではないか、と私は考えている。その津田には津田由雄と名前まで拵えてある。小川三四郎の名が石川三四郎由来であれば、津田は津田亀治郎、津田青楓となんらかの関係があるのではないかと疑われてしかるべきであろうか。しかし夏目漱石が津田青楓に絵を習い、装丁を任せていたのは晩年に近い頃のことであり、その交際はわずかに五年

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『三四郎』を読む⑪ 青春小説を読むとはどういうことか

『三四郎』を読む⑪ 青春小説を読むとはどういうことか

 ここしばらくどうでもいいことを書いてきたので、そろそろ文学の本質的な話をしたいと思う。初心な田舎者、明治元年くらいの頭の意気地のない男、そう三四郎を笑おうとした人たちは、この三四郎が捉えた美をどう眺めただろうか。

例えば言葉そのものはいささか軽いが、結果として「青春小説の金字塔」としての『三四郎』という見立てに私は大きく反対しない。子持ち女に迫られて風呂場から逃げ出す三四郎も、与次郎にラ

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『三四郎』を読む⑩ 美禰子は美人なのか? 三四郎の好みが変わっているだけではないのか?

『三四郎』を読む⑩ 美禰子は美人なのか? 三四郎の好みが変わっているだけではないのか?

 夏目漱石作品中一二を争う美人と思われがちな美禰子だが、果たして本当に万人受けする美人だったのであろうか。その美しさは三四郎にとってだけのもので、ちやほやされているようでありながら、その実かなり個性的な美しさだったのではなかろうか。
 与次郎に言わせると美禰子は出っ歯らしい。肌は狐色、九州色である。人の好みはさまざまだろうが、美禰子は万人受けする美人だったのだろうか?「ばかだなあ、あんな女を思って

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本を読むということ④ 絵にする? しない?

本を読むということ④ 絵にする? しない?

 酒鬼薔薇君の『絶歌』の中で「(酔っぱらっていてよく覚えとらんけど)竜ケ台の事件は八割がた俺がやった」とダフネ君を殴る場面があって、何故殴ったのかと言えばそういう場面が必要だというのがその答えで、酒鬼薔薇君は映画を撮るように本を読んでいたという話があるが、私はいままでそのことを彼のレトリックと切り離して考えていた。

 私は「植物の名前が三つ入った立体的な風景描写」が自然にできることが
何か自分の

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『三四郎』を読む⑨  なかなか柔道を始めないな…

『三四郎』を読む⑨  なかなか柔道を始めないな…

 読書メーターで『三四郎』の感想を読んでいたら、なかなか柔道を始めないな……というものがあって大いに笑ったが、実はこれは笑い話ではないかもしれない。

『姿三四郎』(1942年)は富田常雄の人気小説で、西郷四郎がモデルと言われる。四郎の得意技は「山嵐」、『坊っちゃん』に出てくる毬栗坊主のあだ名と同じだ。『坊っちゃん』の山嵐と西郷四郎はともに会津出身、『坊っちゃん』に出てくる校長のモデルの一部はど

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本を読むということ⑧ 本当は作者と読者しかいないのに

本を読むということ⑧ 本当は作者と読者しかいないのに

 このnoteに参加していてひしひしと感じるのだが、たまに新着記事に「スキ」してくる人ほど文学を徹底的に軽んじている人はあるまい。文学を「月の世界でなければ役に立たない夢のようなものとして、ほとんど一顧に価しないくらいに見限ってい」なければ、そのようなふるまいが可能だとは到底考えられない。彼らは自分の商売に誰かを巻き込みたくて必死なだけなのだが、それならばもっと別の良い方法があることに何故か気が付

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秋風と共に生えしか初白髪   夏目漱石の「匂わせ」とイスラエルの陰謀

秋風と共に生えしか初白髪 夏目漱石の「匂わせ」とイスラエルの陰謀

 夏目漱石の嫂・登世が二十五歳の若さでこの世を去った際に詠まれたこの句で始まる十三句の一つ前に、

 …の句はある。明治二十四年、二十四歳で白髪は少し早すぎる気がしなくもない。

 いや、これは漱石の白髪だろうか?

 初白髪は大抵人に言われて気が付くものである。三島由紀夫も楯の会の隊員から指摘されて本気で怒った。三島が四十代でのことである。

 と思えばさらにその一つ前の句、

 …が写実か仮想

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三四郎を読む⑦ 小宮と三重吉の弥次喜多珍道中?

三四郎を読む⑦ 小宮と三重吉の弥次喜多珍道中?

 ついこの間淀見軒のライスカレーについて調べていて、ふと与次郎が淀見軒をヌーボ式と言っているが、これが見事にアール・デコだということに気が付いた。実物の写真を見れば誰でも気が付くはずの事なのに、淀見軒の写真を見ていなかったので、つい見落としていたのだ。

 これが漱石のふりだとすれば、「てんどん」式に同じやり方が繰り返されているのではないかと疑っても良いだろう。すると俄然ここが怪しくなる。なんとい

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『三四郎』を読む⑥ やり過ごされる漱石

『三四郎』を読む⑥ やり過ごされる漱石

 夏目漱石という「余裕派」の『三四郎』の冒頭付近では、こんな日露戦争批判が語られる。

 これは今でこそ正論だ。賠償金を得られなかった日本はそこから貧しい国になる。よく調べてみるとこのころから大量の食い詰め者がでて世界中に移民し、また移民を制限され、移民を拒否されている。

 結局ロシア、ソビエトとの関係、日露戦争の負の遺産は現在に至るまで解消していない。しかし例えばこんなものを大東亜戦争当時に新

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『三四郎』を読む③ 難航する三四郎 読み誤る漱石論者たち

『三四郎』を読む③ 難航する三四郎 読み誤る漱石論者たち

レオナルド・ダ・ヴィンチに辟易する三四郎

 何故三四郎はレオナルド・ダ・ヴィンチという名を聞いて少しく辟易したのだろうか。また何故ゆうべの女のことを考え出して、妙に不愉快になったのだろうか。

 この点は明確には書かれていないので深読みに注意しなくてはならない。

 ダ・ヴィンチはまず奇警を発するもの、奇抜で並外れた言動をするものとして現れる。ここでは奇警は必ずしも名案ではないと流されている様子

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