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『三四郎』を読む⑨  なかなか柔道を始めないな…

 読書メーターで『三四郎』の感想を読んでいたら、なかなか柔道を始めないな……というものがあって大いに笑ったが、実はこれは笑い話ではないかもしれない。

 『姿三四郎』(1942年)は富田常雄の人気小説で、西郷四郎がモデルと言われる。四郎の得意技は「山嵐」、『坊っちゃん』に出てくる毬栗坊主のあだ名と同じだ。『坊っちゃん』の山嵐と西郷四郎はともに会津出身、『坊っちゃん』に出てくる校長のモデルの一部はどうも嘉納治五郎である。そしてどうも『三四郎』には確かに柔術が出てくる。

 広田先生が病気だというから、三四郎が見舞いに来た。門をはいると、玄関に靴が一足そろえてある。医者かもしれないと思った。いつものとおり勝手口へ回るとだれもいない。のそのそ上がり込んで茶の間へ来ると、座敷で話し声がする。三四郎はしばらくたたずんでいた。手にかなり大きな風呂敷包をさげている。中には樽柿がいっぱいはいっている。今度来る時は、何か買ってこいと、与次郎の注意があったから、追分の通りで買って来た。すると座敷のうちで、突然どたりばたりという音がした。だれか組打ちを始めたらしい。三四郎は必定喧嘩と思い込んだ。風呂敷包みをさげたまま、仕切りの唐紙を鋭どく一尺ばかりあけてきっとのぞきこんだ。広田先生が茶の袴をはいた大きな男に組み敷かれている。先生は俯伏しの顔をきわどく畳から上げて、三四郎を見たが、にやりと笑いながら、
「やあ、おいで」と言った。上の男はちょっと振り返ったままである。
「先生、失礼ですが、起きてごらんなさい」と言う。なんでも先生の手を逆に取って、肘の関節を表から、膝頭で押さえているらしい。先生は下から、とうてい起きられないむねを答えた。上の男は、それで、手を離して、膝を立てて、袴の襞を正しく、いずまいを直した。見ればりっぱな男である。先生もすぐ起き直った。
「なるほど」と言っている。
「あの流でいくと、むりに逆らったら、腕を折る恐れがあるから、危険です」
 三四郎はこの問答で、はじめて、この両人の今何をしていたかを悟った。
「御病気だそうですが、もうよろしいんですか」
「ええ、もうよろしい」
 三四郎は風呂敷包みを解いて、中にあるものを、二人の間に広げた。
「柿を買って来ました」
 広田先生は書斎へ行って、ナイフを取って来る。三四郎は台所から包丁を持って来た。三人で柿を食いだした。食いながら、先生と知らぬ男はしきりに地方の中学の話を始めた。生活難の事、紛擾の事、一つ所に長くとまっていられぬ事、学科以外に柔術の教師をした事、ある教師は、下駄の台を買って、鼻緒は古いのを、すげかえて、用いられるだけ用いるぐらいにしている事、今度辞職した以上は、容易に口が見つかりそうもない事、やむをえず、それまで妻を国元へ預けた事――なかなか尽きそうもない。
 三四郎は柿の核を吐き出しながら、この男の顔を見ていて、情けなくなった。今の自分と、この男と比較してみると、まるで人種が違うような気がする。この男の言葉のうちには、もう一ぺん学生生活がしてみたい。学生生活ほど気楽なものはないという文句が何度も繰り返された。三四郎はこの文句を聞くたびに、自分の寿命もわずか二、三年のあいだなのかしらんと、ぼんやり考えはじめた。与次郎と蕎麦などを食う時のように、気がさえない。(夏目漱石『三四郎』)

 ここで三四郎が柔術に大いに興味を持ち、広田にではなくこの大きな男に師事し、柔術を学べば、美禰子にも見直してもらえたかもしれない。そのほかあれこれ重宝しただろう。

 いや冗談でもなんでもなく、ここでこの柔術家がみみっちい話をしなければ、三四郎はそちらに傾いたかもしれない。与次郎が他流派に進み、ライバル関係となってポンチ投げ、ハイドリオタフヒアを繰り出す。広田が必殺技水蜜桃投げ・暗闇落とし、野々宮が奥義・レイ・プレッシャーを繰り出し、よし子のバーン・バイオレット、美禰子の空中飛行機投げを徹底したのらくらした受け身で躱して、変形三角締め"迷える子"で締めあげられるも、弁当投げ、時代錯誤(へっぴり腰での組み手争い)で切り抜けて、最後は三四郎が必殺技・日清談判(奥襟を取るふりをした実質的なグーパンチ)を繰り出して優勝……。

 いやいや、今回は夏目漱石が「なかなか柔道を始めないな……」という感想を持つ人を先回りしてからかっているというお話でした。

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だからこんな本を書いたわけだけど。




【どうでもいい話】

西郷四郎は三男。

石川三四郎も三男。父は五十嵐九十郎である。

嘉納治五郎も嘉納治郎作の三男である。

三四郎は長男なのだろうか。

あ、それと広田萇が何故か坊主って解ってましたか?

与次郎も坊主頭です。

原口さんはフランス式の髭をはやして、頭を五分刈にした、脂肪の多い男なので敵役にちょうどいい。

三四郎は熊本五校出で、「空は深く澄んで、澄んだなかに、西の果から焼ける火の炎が、薄赤く吹き返してきて、三四郎の頭の上までほてっているように思われた」のだから坊主でよかろう。

みんなで柔道をやっても全然おかしくないですよね。


猿になるか神になるか


詩を書かん君墨を磨れ今朝の春


明治三十年新春の夏目漱石の句である


この句には


われ一転せば猿たらん われ一転せば神たらん


という前書きがついている。


これは猿になるか神になるかのきっかけが正月にあるという、大変な気合のこもった句だ。


日々こうした覚悟がなくては、こうした気持ちでいなければ、


人はいつでも容易く猿に落ちてしまうことだろう。



(参)『俳人漱石』(坪内捻典著、岩波新書、2003年)






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