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夏目漱石論2.0

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2021年11月の記事一覧

サバイバーズ・ギルトのない風景

サバイバーズ・ギルトのない風景

 芥川龍之介が直接的に戦争について書いた作品は『首が落ちた話』と『将軍』のみであると言って良いであろうか。「東西の事」を書いた『手巾』が戦争に関して書いたのではないとしたら、そういう理屈になるのではなかろうか。

 しかしこんな残酷な風景はむしろ付け足しである。芥川にとって戦争とは単なるプロットに過ぎない。芥川は『将軍』でも『首が落ちた話』でも戦争を材料にはするが、戦争そのものを云々する意図は見

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漱石・芥川・太宰・三島のらっきょう

漱石・芥川・太宰・三島のらっきょう

 鞄に入る入らない問題、そして副知事室に4500万円トイレ設置で有名な作家猪瀬直樹は三島由紀夫について『ペルソナ 三島由紀夫伝』でこう述べている。

 らっきょう頭から生まれる絢爛たる文学といえば、やはり芥川龍之介のことを思い出さざるを得ない。芥川龍之介の小中学生時代のあだ名はやはり頭の形から「らっきょう」だった。このらっきょう頭、太宰では顔になり、精神になる。

 このらっきょう顔について、夏目

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則天去私について

則天去私について

 小宮豊隆によれば「則天去私」とはこのようなものであるらしい。

ただ先生が、自分のモットオとしてゐた「則天去私」を説明して、例へば自分の娘が不意にめつかちになつて自分の眼の前に現はれて來るといふやうなことがあつても、それを「ああ、さうか」と言つて見てゐられる心境を獲得するのが「則天去私」の世界なのだと言つたその日が、十一月十六日の最後の木曜日のことなのか、それともその前週の十一月九日のこと

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[小説] ぼくの心が変だ

[小説] ぼくの心が変だ

ぼくの心が変だ

火を入れた艶消しのアルミニュウムの筐体は寝起きの癖で低く唸った。南国の色艶やかな蝶々が飛び違い、光彩に消える。たたさよこさに乱れる浪漫文字が間もなく一つの言葉を結ぶ。そしてどことも見当のつかない剣呑な西洋の崖が現れる。すっかり葉の落ちたまだらの枯れ木に嘴の短い鴉が一羽止まっている。この地に辿り着いた者が弁当を使い、引き返して風呂に入るまで、一体何日かかるのだろう? ようこそ春陽村

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幼帝の御運も今や冬の月 え? 四十二、三歳になってない?

幼帝の御運も今や冬の月 え? 四十二、三歳になってない?

 夏目漱石の俳句に「幼帝の御運も今や冬の月」というものがある。明治二十八年の句である。明治二十八年と云えば下関条約が成立した年だ。以後列強による清国の分割が始まる。明治二十八年の冬の様子が今一つ明確ではないが、ここで漱石は幼帝として薩長に担がれて即位、日本の近代国家への歩みの中心として活躍してきた明治天皇の運がいよいよ怪しくなったぞ、と見てはいないだろうか。

 明治二十八年には明治天皇は既に幼帝

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