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マルコ・ベロッキオ『The Eyes, the Mouth』自殺した双子の弟を求めて

傑作。1982年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。マルコ・ベロッキオ長編八作目。ベロッキオは29歳のときに、双子の弟カミッロを自殺で亡くしており、本作品も自殺した双子の弟ピッポの葬儀のため、落ち目の俳優ジョヴァンニが久しぶりに帰省する場面から始まる。ジョヴァンニが話す弟とのエピソードの中に登場する"マルクスは待ってくれる"という発言はカミッロの言葉そのままだし(後に同じ題名のカミッロについてのドキュメンタリーを製作している)、キャリア躍進のきっかけとなったデビュー作『ポケットの中の握り拳』がジョヴァンニの出演した作品として登場するなど、映画外の現実と虚構が混ざり合っていることが分かる。その証明のように、息子の自殺を信じられない母親や冷笑的な叔父などの感情が決まったキャラクターに比べて、ジョヴァンニだけは整理がつかない感情を整理がつかないまま表出させていく。それは1968年の革命世代の生き残りであるジョヴァンニが、旧態依然とした家族の前で"良い子"を演じ続けることへの反抗でもあり、革命以降も態度を変えなかったことで落ちぶれていった人生の裏側にあったはずの"もう一人の自分"が死んでしまったことへの戸惑いの表れでもある。彼は後にピッポのメイクをして母親の前に表れて、ピッポが見たジョヴァンニの内側という体で心の内を吐露する。双子が縮退した瞬間であり、その夢が解けると、ジョヴァンニはヴァンダの前でピッポからジョヴァンニへと戻っていく。或いは夢は解けず逃げ出したことで、双子は縮退したまま一人になったのだろうか。

ピッポにはヴァンダという恋人がいるのだが、彼女はピッポの死を全く悲しんでいるように見えないし、葬儀にも来たがらない。母親に嘘を付くためには彼女が悲しんで参列している必要があり、ジョヴァンニは彼女のアパートを訪れる。彼女は自立心が強く、裕福なピッポとの生活を楽しんではいたが、妊娠を気に一緒にいる気がなくなったらしい。ピッポの自殺の原因は明かされないが、彼女のことは大いに関わりがあるだろう。ジョヴァンニは次第に彼女にのめり込んでいく。それはまるでベロッキオ自身の弟への感情をそのまま転写したような複雑さで満ちている。自分が選ばなかったもう一つの人生を生き直そうとしているかのようですらあった。

ちなみに、ヴァンダの父親はかなり激しい人物で、作中最もアクションの多い人物でもある。呼びかけても部屋から出てこないヴァンダを引きずり出そうと窓から飛び出そうとしたり、ベルトで引っ叩くために引っこ抜いて待機していたところ失敗してパンイチになっていたり、作中のほとんどのアクションを引き受けていた。また、彼に関連するシーンでは、ヴァンダが家から逃げ出した後、彼が彼女の帰宅を待ち構えて張り込んでいたところ、ジョヴァンニが脇をすり抜けて出ていき、まるで知っていたかのようにエレベーターを下りたヴァンダを回収して外に出た魔術的なシーンも非常に印象的だった。

・作品データ

原題:Gli occhi, la bocca
上映時間:93分
監督:Marco Bellocchio
製作:1982年(イタリア)

・評価:80点

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