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マウゴジャタ・シュモフスカ&ミハウ・エングレルト『Woman of...』ポーランド、とあるトランス女性の43年間

傑作。2023年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。マウゴジャタ・シュモフスカ長編11作目。盟友ミハウ・エングレルトの名前が連名で監督欄に載るのは初。物語は1980年から現代に至るまで43年に渡る、トランス女性アニエラの年代記。幸せな瞬間も悲しい瞬間も決定的な瞬間も、全て等価に流し去る感じは同じポーランド映画界の先輩クシシュトフ・ザヌーシ『The Illumination』っぽい。今回は起承転結の承と転しかない映像を短く重ねまくることで、躁状態をキープし続けている上に、身体の世界の社会の小さな変化を捉え続けており、その変化がやがて大きな変化となるのも、そこに至るまでの時間も含めて必然的に捉えられている。或いはそんな長い時間をかけても変わらないことも描かれている。映画はアニエラとなることを決意した2004年までをマテウシュ・ヴィエンツワヴェクが、2004年から2023年までの徐々に身体が変化していく時期をマウゴジャタ・ハイェフスカ・クシシュトフィクが演じている。ヴィエンツワヴェクが演じている時代は女性になりたいという思いへの反動もあって、徴兵検査で足にペディキュアを塗ったのを笑い話にしたり、兄と一緒にラグビーチームに入ったりしている。監督もまた、1990年の『プリティ・ウーマン』や1992年の『ふたりのベロニカ』などのポスターを背景に置くことで、アンジェイが隠している思いを代弁させている。ハイェフスカ・クシシュトフィクがアニエラを演じる時代が本作品のメインになっている。上記の通り様々な変化を集めていくが、中でも特筆すべきはポーランドのクィアコミュニティの広がりとヨアンナ・クーリグ演じる妻イザの動揺と心の変化である。前者は集会のシーンが繰り返されることで、アニエラが参加したときは少なかった参加者が、次に登場するシーンでは人が溢れそうなほど参加していて、思わず涙ぐんでしまった。後者は本作品の根幹でもある。法的に女性になるには離婚しないといけないと言われてその道を選んだアニエラをイザは追い出すが、その態度は徐々に変化していき、最大の理解者となって周りにも良い意味での波紋を広げていく。

印象的な題名は、アンジェイ・ワイダの"男"三部作を引用しているのだろう。姿を消した労働英雄と連帯を率いるその息子、そして連帯のトップだったレフ・ヴァウェンサ本人を描いたこの三部作は、まさにポーランドを表で動かした男たちの記録である。一方の本作品では、彼らが動かした時代を共に生きながら疎外されていた人々が描かれている。省略記号が使われているのは、彼女が現在でも戦い続け、人生の意味を探し続けているために、何を冠するのかが決まっていないからだと思われる。

・作品データ

原題:Kobieta z...
上映時間:132分
監督:Michał Englert, Małgorzata Szumowska
製作:2023年(ポーランド, スウェーデン)

・評価:80点

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