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濱口竜介『悪は存在しない』対話可能性とその危ういバランスについて+『GIFT』

2023年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。『ドライブ・マイ・カー』でも組んだ石橋英子から音楽ライブで使用する映像を依頼されたため、劇映画を撮って、それをライブ用映像にしたらしい。後者は『GIFT』としてフィルメックスで公開予定。そういった経緯からか(?)、今回は他作品で絡んだ俳優、特に『ハッピーアワー』組から三人も参加しているのが嬉しい。閑話休題、本作品は東京から近いがまだ開発されていない小さな山村が舞台となる。主人公タクミは、近所のうどん屋のために川で水汲みをして、自宅用に薪を割って、娘ハナの送迎を忘れるという決まったような日々を過ごしていた。そんなときに、ハナは決まって独り森の中を歩いて家に帰るのだった。冒頭は彼女が上を向きながら歩いているだろうシーンの、彼女の視界を7分近い長回しで再現している他、タクミが彼女を回収するシーンは、まるでハナが別の時間にいるような感覚を抱かせるほどマジカルな横移動となっている。ハナの存在も異質であれば、自然の存在も異質であり、何度か突然音楽が途切れることでその不穏さは増していく。一方、東京の会社が村にグランピング施設を作ろうと説明会を開くが、あまりにも頭ごなしな"貴方達にも利益がありますよ"姿勢なので会社と村人は対立していく…と思いきや、タクミは"我々だって余所者だった、余所者を受け入れて発展してきたし自然だって壊してきた、大事なのはバランスだ"と説く。説明しに来た二人の意識は変化していき、彼らの軽妙な掛け合いが映画に軽やかさをもたらしていく。この軽妙さと不穏さの転調がひたすらに上手い。タクミは何考えてるか分からんし(それが議論を呼ぶラストに繋がっている)、どんな仕事をしているかも分からんし、ハナには別の時間が流れてるし、常に横移動や長回しで捉えられる森の立場も不明瞭だ。そういった不穏さが軽妙さの間から顔を出し、気付けば片側に、ふとした瞬間にもう片側に揺れ動いているのだ。

★以下、若干ラストへの言及も含む

上記のタクミの、或いはそれに似た区長の言葉によって、本作品の一つのテーマが"対話の可能性"であることが示唆される。それは村人と会社との対話、つまり人間同士の対話だけではなく、人間と自然、人間と動物の対話可能性の探索まで拡張されているように思える。そうなると、皆が困惑するラストの解釈は対話不可能性への言及ということになるのか。対話可能性はそういった危ういバランスの上に成り立っていて、簡単に不可能に転落するということなのだろうか?また、映画のタイトルについて、監督は"そんなに含みはない"としているが、明らかに一人だけそれっぽい人がいる。それは住民を完全に馬鹿にしているコンサルタントだ。監督はクソコンサルに恨みでもあるのか?と思えるほど、あまりにもキレッキレなクソコンサルっぷりに爆笑。

2023/11/23 『GIFT』雑感

『悪は存在しない』を観てから観たんで、そっちに引っ張られてしまって十分に楽しめたとは言い難い。同作は森を見上げる移動長回しで始まるが、本作品は鹿の死骸から始まり、鹿関連問題でまとめていた印象がある。無音状態のダイジェスト観た感じなんだが、先にこっち観るのは正しいのか?企画的にはこっちが先だけど、成立過程としてはこっちが後なので、『悪は存在しない』を先に観るのが正しいのか、しかし先に観ていたことがノイズになって演奏を十分に楽しめたとも言い難いし…『悪は存在しない』をどうサイレント映画にするんだろうかと思っていたが、音がなくて字幕が付いてるだけでサイレント映画ではなかった。しかも、演奏は素晴らしいのに、演奏を聞くには映像が主張しすぎていてもはや邪魔というか、結局互いに食いあって上手くいってないように思えた。というか、これを観たせいで、なんで『悪は存在しない』が好きなのかよく分かんなくなってきていて、寧ろ観ない方が良かったまである。

あと、Q&Aの司会者の対応がクソすぎた。俳優の名前いつも忘れるんですよ~とか、勝手にテンパって舞台袖に振っといて"それは監督への質問では?"と返すとか。ずっと足組んでるのも変だろ。なんか自分なら所属したくない感じがムンムン。ああいうネチネチパワハラ系の映画関係者は結構多いらしいです。映画の印象薄かったのでQ&Aで上塗りされた感まである。なんか色々残念すぎたけど、観客が最後まで静かだったのだけは良かった。やりゃ出来んじゃん。

・作品データ

原題:悪は存在しない / Evil Does Not Exist
上映時間:106分
監督:濱口竜介
製作:2023年(日本)

・評価:90点

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