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ウンベルト・ソラス『ルシア』三人のルシアが見つめたキューバの近代史

ルシアはラテン語の”光”という意味から来ているらしい。あまり光を感じることのない結構陰惨な話だが、第一部のエネルギーが凄まじかっただけに残りが…

第一部、1895年キューバ独立戦争(スペインからの独立戦争)

裕福な家庭に生まれたルシアはスペイン人実業家ラファエルと恋に落ち婚約するが、ラファエルにはスペインに妻子がいた。一時はルシアも塞ぎ込むが、ラファエルに愛を告白され頭がいっぱいに。コーヒー農園にふたりで逃げることにするが、ラファエルはスペイン軍を連れてきており、コーヒー農園を本部とするレジスタンスと戦闘になる。弟のフェリペが亡くなる。発狂したルシアは広場で逃げ帰ったラファエルを刺殺し、虚無に堕ちる。

劇中に登場する狂女フェルナンディーナのビジュアルが強烈だが、彼女とルシアが対比の関係に置かれているのが面白い。双方ともにダンスシーンや戦場でのシーンが用意されており、戦場で狂ってしまうのまで共通している。キューバ人の中でもブルジョワと貧民が分かれており、その後のブルジョワから闘士になる第二部ルシアと農村出身の自立したい第三部ルシアに繋げる対比構造と見るべきだろう。

引きの固定ショットがカッコよく、近接ショットも煽情的でワイルドすぎる。カメラワークが非常に流麗で美しい。静と動の映像によって感情の波が押し寄せてくる感覚は他では味わえないだろう。途方もないエネルギーを持った映画であることを認識させられる。

第二部、1932年 マチャード独裁政権打倒革命

ブルジョワ両親の不和に嫌気が差したルシアは恋人アルドと共にマチャード独裁政権打倒革命に参加し成功させる。しかし、アメリカの参入によって多くの同志たちが資本主義と自堕落な生活に堕ち、アルドは再び革命を起こそうとする。しかし、それは自堕落な生活を享受する人々には邪魔でしかなく、孤独の闘争の末亡くなる。アルドとの子供を妊娠していたルシアは途方に暮れる。

第二部は打って変わって感情の起伏が少なく、静かな映像が多い。ただ、それでもデモ行進のシーンでは第一部の戦闘シーンに匹敵するほど煽情的で驚く。第一部で一方的に攻めたのがスペインだったのに対し、今回はキューバ政府になっているのが時代の転換を感じる。第一部はスペインが悪でキューバが正しいという二元論的時代だったが、第二部ではキューバ人の中で割れ始めているという歴史の流れを確認できるだろう。マチャードの悪行やアメリカの流入は直接描かれていないものの、両者ともにキューバの市井の人々に悪影響を及ぼしたことは火を見るよりも明らかだ。

ルシアを演じるエスリンダ・ヌニェスが可愛い。シャルロット・ルボンに似てる。

第三部、196x年 キューバ革命直後

農村に生まれたルシアは社会主義国となったキューバのために働こうとするも、考え方の古い新婚の夫トマスに阻まれる。トマスは知らない男と踊ったと言ってルシアを家に閉じ込め、革命政府が送った読み書きの教師まで拒絶しかける。狂ったようにルシアに近付く男たちを攻撃したトマスに嫌気が差したルシアは家を出ることにする。

第三部になると、これまでの熱狂が嘘のようになる。カビの生えた考えを持った男が妻を奴隷のように自宅に閉じ込め妻が家を出てしまう、という当時にしては先進的な”女性の自立”を謳った部になっているのだが、話題も唐突だしトマスが只管ウザイ。尻すぼみとはまさにこのことだろう。

三部構成になっている意味はよく分からない。それぞれの部の系譜は続いておらず、何かが継承されているわけでもない。例えば、作中トマスは”それは祖父の代の考え方だ”と言われるが、祖父の代にあたる第二部では妻を奴隷にする描写などなかった。現に第二部ルシアは働いていた。それぞれを切り離せばもっといい映画になったのでは。また、最初にコンセプトを聞いた時、「灼熱」みたいな”同じ人物が別時代のルシアを演じる”系か「イントレランス」みたいに”三人のルシアのクロスオーバー”系かと思ったら堅実に頭から攻めていた。短編映画を三つ繋いだ感じになってしまっているのは残念だった。

ルシアたちが時代を経て手に入れたものは何だったのか?三人のルシアは平等に愛を失い、必ず冒頭より悪い環境に陥っている。ソラスが何を言いたいか定かではないが、私は何も得られなかった。

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・作品データ

原題:Lucía
上映時間:160分
監督:Humberto Solás
公開:1968年10月(キューバ)

・評価:40点

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