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マルセル・オフュルス『哀しみと憐れみ』ミクロ視点とマクロ視点から見つめる戦後フランスの欺瞞

当時のフランス人が自己暗示していた"フランスはレジスタンスと共にナチスを打ち破った"という神話を打ち砕いた記念碑的な作品であり、マックスの息子マルセルの代表作。テレビ局の資本をもとに作られたため四時間半もあるが、内容が内容なので放映を渋りに渋られ、お蔵入りしかけたのを親友のトリュフォーが助けて映画館にかけたらしい。午前の上映で客が数えるほどだったせいでマルセルが映画館を離れ、午後の部に戻ってきたら長蛇の列になっていた、という逸話があるほど本国で大ヒットを飛ばした。

本作品はナチスによるフランス征服を描く第一部"崩壊"とその後の選択を描く第二部"選択"に分けられている。
第一部冒頭、前線には送られなかった大家族の家長がナチスのフランス征服が早々と終わってしまったことに対して"哀しみと憐れみを感じる"と答え、芸能界で有名なコラボ(対独協力者)のモーリス・シュヴァリエが捕虜収容所を慰問する映像を差し込む。なかなか意地の悪い編集である。こうして幕を開けた本作品はマルセル・オフュルス的な鋭い皮肉が全編を支配している。

多くのフランス人は短期的な目線で国土の破壊を喰い止めたペタンに対して好意的であり、メルセルケビール海戦を経て国民感情は枢軸国側に完全に倒れてしまった。こうして"休戦"という名の敗戦を経験したフランスはその自信を回復する過程としてナチスに擦り寄り、結果的にユダヤ人の移送に直接手を貸した唯一の国となってしまった。やがて、占領下のフランスは戦争が始まる前のような静けさを取り戻す。第一部は父親のミューズであったダニエル・ダリューら一行がベルリンを訪問したニュース映像で終わる。

ランズマンとマルセルは友人だったようで、「SHOAH」は本作品の直接的な影響下に作られている。しかし、ランズマンがミクロ視点を繋げまくったのに対し、マルセルはイーデン、ヴァルリモント、デ・マンジーレ、マンデス=フランスなどレジスタンスやナチスの大物にまでインタビューをしてマクロな視点や政治的な視点を獲得することで、フランスの市井の人々が当時どのような状況に置かれていたのかを明確に洗い出してゆく。

本作品はそれまで作られていた既知事実に観客を誘導するようなドキュメンタリーと異なり、証言に証言をフッテージにフッテージを対比させどちらを真実ととるか或いはどちらも信じないかという"結論"を観客に投げている。これが本作品に特有で奇っ怪な"物語性"であり、我々はあたかも劇映画を見るかのような感覚で作品を"楽しむ"ことが出来る。そして、鋭い皮肉を挟みつつ時系列の順を追って説明して、映画は我々と共に謎の根源を探していくのだ。

第二部はフランス人女性をナチスの兵士たちが見定めるフッテージから開始する。フランス人ツーリング選手は沿道にドイツ人などいなかったと答えるが、すかさずドイツ人だらけの大会のフッテージを挿入して皮肉が健在であることを示す。話は"敵の敵は味方"という理論で集まったレジスタンスが終始バラバラであったこと、パルチザン活動の本格化、ミシュラン工場爆撃事件、フランスにおけるユダヤ人の移送、自由フランス軍による本土空爆、ヴィシー政権の逃亡といったトピックが同じように語られ、フランスはついに解放される。

本作品の主軸は先述の通り皮肉である。フランスにはレジスタンスに協力した人間もいればナチスに協力した人間もいた、という至極当然の事実を白日の下に引っ張り出したに過ぎないのだ。

気になる点を挙げるとすれば、ランズマンと同様マルセルも傍観者に対して冷たいところだろう。ランズマンはあからさまな態度を取っていたが、マルセルは態度には出さないものの心の底で軽蔑している感じが伝わってきた。まぁでもそんなもんだろう。態度に出さないだけで十分さ。

ラストはシュヴァリエ弁明のフッテージとド・ゴールの凱旋を祝うフランス人のフッテージで締め括られる。丁度冒頭がシュヴァリエとヴィシーに入るペタンを歓迎していたフランス人の映像だったように。

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・作品データ

原題:Le chagrin et la pitié
上映時間:251分
監督:Marcel Ophüls
公開:1971年4月5日(フランス) 映画は1969年製作

・評価:60点

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