Too Emotional Brain 2

彼女は、僕を見上げてこう言った。


「あなたの背丈の、正確な値を想像することさえ恐ろしい。」  と。


基本的に、女が自分と目を合わせようとするとき、自然と上目遣いになる。

その瞳は、僕に食欲という欲望を掻き立てる。

しかし、僕はその時初めて、人間に対して、


"性的な意味での欲望"を持った。


「190」


彼女は数字を述べた。


それが、僕の身長を推測した値だということはすぐに分かった。


「192」


僕は答えた。


彼女の推測はほとんど的確であった。

しかし、彼女は苦い表情を見せた。


その間も、彼女は何かを求めるような目つきで僕の事を見つめてくる。      

正確には、彼女はただ僕を見上げているだけだ。

その思い込みが、余計に僕に食欲とは別の欲を掻き立て続けた。


今までに経験したことのないその感覚が僕に与えたのは、不安や恐怖というよりも、高揚感に近いものであった。


「ねえ、おねがいだから…」


僕は何も言わず、そして、必死に理性を保とうとしている事を気づかれぬように、彼女の言葉の続きを待った。


僕がいつも理性を必死に保とうとするのは、日中に突然襲ってくる食の欲を抑えるときでしかなかった。


いまのところは。


「私の事を食べないと約束して。」


苦い表情のまま彼女はそう言った。


そしてすぐに、「冗談よ。」という意味を含めた、意地悪そうな微笑みを見せた。


そして僕も、その冗談を理解したという意味を含ませて、苦い表情をしてこう返した。


「絶対にとは約束できないけれど、出来るだけ頑張ってみるよ。」


あたりはもう暗く、町の街頭が川の水面をキラキラと様々な色に輝かせていた。

その様子が見たくて、僕はこの河岸へ散歩に来た。


この場所をウォーキングスポットとして活用している人は大勢いる。


今日も、夕食後の散歩に出てきた夫婦や、たむろする青年たちの姿が見られた。


温もりを感じさせるオレンジ色の光を灯らせた、不自然な形をした橋を、遠くにぼんやりと眺めていた時、

同じようにその橋を眺める女を見つけた。

そして彼女が、
"食べないように努力してみよう"
と、僕が初めて思った人間である。


「巨大な男が、人を食べるっていう都市伝説が存在するのは、私が育った国だけじゃないのね。」


もちろん分かってはいたが、彼女のこの言葉に、僕はもう一度確信を持つことができた。


彼女は、僕が“人を食べる怪物”であるという事に気づいていない。


僕のような怪物は、彼女の中では、都市伝説上の存在でしかないのだ。







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