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インドで出会った微笑み

最近、ずっと買ってみたかったカレーのスパイスを買った。
辛いものはそんなに強くないが、カレーにはちょっとこだわって作っている。

若い頃、インドを旅したことがそのきっかけだ。

今のようにインターネットで調べられる時代ではなかったので、
インド留学経験者を見つけて現地情報を教わり、
リュック一つでコルカタ(当時はカルカッタ)の空港に降り立った。

旅の途中で出会ったインドの人たちは
その後の私の心にずっと残る言葉を
たくさん授けてくれた。

長距離列車の中で、孤児のために奉仕するシスターに出会った。
彼女から聞いた子ども達の境遇にショックを受けた私は、
「なぜインド政府は何もしないの?」と憤った。
すると彼女は向かい側に座っている中年女性とちょっと目を合わせた後、
微笑みながら
「You are young(あなたは若い)」
とだけ言い、私の旅の無事を祈ってから、
周りに建物一つない高原の小さな駅で降りていった。

ある街では大きなお祭が開かれていた。
陽気なリズムとたくさんの人だかりの中で、突然背後から日本語で声をかけられた。

振り返るとそこに日本人らしき人はなく、
年配のインド人男性が微笑みながら立っていた。
「こんにちは」

きれいな発音だった。

私は驚きながら、
「こんにちは。日本語がお上手ですね。」と返した。
すると、その男性は微笑んだまま答えた。

「私は戦争で日本の捕虜になり、日本語を学びました」

思いもよらない言葉に、私はどうしたらよいか分からず、男性の目を見つめたまま動けなかった。

「日本の人に会えて嬉しいです」

「私も、嬉しいです…大変でしたよね…お体は、お元気でしたか?」
ようやく絞り出した私の問いかけに、老紳士は穏やかな笑顔で答えた。

「はい、元気です。良い旅をしてください。」

私はそれまで、日本人以外の戦争体験者に会ったことはなかった。しかも日本軍の捕虜経験者との出会いなど、後にも先にもこの男性だけだ。
その時の私には、その男性と私の間に流れる歴史の重さに耐えられる言葉は、一つも思い浮かばなかった。

こうした出会いは、未熟でまだ何者でもない自分の心を掴んで激しく揺さぶった。

世界の平和を素朴に願い、努力は必ず報われると信じていた私に、
世界は常に混沌として流動的であり、
一つの事実にいくつもの歴史があり、
努力すらできないような厳しい現実が存在することを、私に突きつけ続けた。

今でも、その時に五感で感じた情景をたまに思い出す。
すごく苦しくて、重くて、幸運な記憶だ。

ふと見つけた動画に、最近のインドの町並みが映っていた。
今もやっぱりどこか雑然としていて、
痩せた犬が昼寝していて、
空が青くて日差しが強くて、
香ばしいカレーの匂いがしていた。

:D

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