北上

心を込めて文章を書きます。エッセイ、創作。

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私が文章を書く理由 前編

幼い頃から、本を読むのが大好きだった。 私の記憶の中で1番古くて、1番印象に残っている本は、幼児向けの文字のない絵本だ。その絵本は、「セリフがない絵本なので、お父さん・お母さんは自由にストーリーを作って読んであげてくださいね」という趣旨だった。 その絵本は私にとって大変お気に入りで、親類のいろんな人に読むようにねだった。 母が読む絵本のストーリーはザ・王道で、安心して物語に没入することができた。 父が読む絵本は、すぐに結論に至ってしまうので退屈だった。 叔母が私には2人い

    • 【創作】愛しい人へ

      愛しい人よ どうか私を見ないで欲しい あなたの瞳に映った私の姿はひどく浅ましい。どうか私のことを認めないで。 視線が向けられる度、私の心臓は跳ねてしまうから。 愛しい人よ どうか優しくしないで欲しい 愚かな私はすぐに思い違いをしてしまうから。どうか私のことを考えないで。 柔らかい声に、私の指は震えてしまうから。 愛しい人よ どうか私をよろこばせないで欲しい 欲深い私はそれ以上を求めてしまうから。どうか私を酷く扱って。 滑らかな肌に、私は溺れてしまうから。 愛しい人よ ど

      • かれいに、変身

        歳を取ったな、と思うことが増えた。 最近、どうも肌が乾燥する。職場の空調の攻撃により、やけに腕や首元が痒くて仕方がない。これまで無縁だったボディケアに、今年は金をかけている。 マスク生活のせいか、フェイスラインに出来物ができても治らない。すがる思いで美顔器を買ったところ、効果は絶大だった。 夜、0時を過ぎると眠くなるようになった。 かつては3時ごろまで将来への不安やら、その日1日に自分が起こした過ちへの後悔で頭がいっぱいだったが、今となっては来たる新たな明日を無事過ごすた

        • タバコと白シャツとわたし

          恋人と別れた。 ちくしょう、ばーかと呟いてだらっとベッドに倒れ込んで、少しだけ泣いた。 彼の不貞が理由で、わたしが許せなかった。 これまでの経験で、恋人に裏切られたことは(わたしが気付く限りでは)なかったので、感情のやり場に大きな戸惑いを感じた。 もっと訳を聞いたほうがよかったのではないか。わたしにもよくなかったところがあったんじゃないか。酷く傷つけてしまってはいないか。少ない受け答えをかわすたびに湿度を帯びていく電話越しの声がずっと耳から離れない。 台風が遠くの海で

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        私が文章を書く理由 前編

          竜とそばかすの姫感想/考察

          前提として2021年7月18日、竜とそばかすの姫を映画館で視聴しました。 映像の美しさ、洪水のような音数、主演の中村佳穂の吐息交じりの独特な歌唱、細田守の描くSNSと人間関係のリアリティをひとまとめにして頭をぶん殴られるような映像体験でした。 とてもよかったのと同時に、その人間関係のリアリティが生み出すえぐみにむちゃくちゃ情緒を揺さぶられたので、慣れないあらすじと感想、考察を書きます。 あくまで個人の感想、考察です。 この先ネタバレが発生するタイミングでアラートを記載します。

          竜とそばかすの姫感想/考察

          タトゥーを入れた記憶

          昨年の12月にファーストタトゥーを入れた。その前後の記憶を掘り起こして、タトゥーレポとして残したいと思う。 タトゥーを初めて目にしたのは確か小学5年生くらいの時だったと思う。 時代劇好きの祖父と時代劇を見ていた時、たまたまその日は遠山の金さんが放送されていた。 祖父に何気なく「なんであの人は桜が体に描いてあるの」と聞き、「針でチクチク刺して傷に絵の具入れとるんだ、一生消えん塗り絵だよ」と答えが返ってきた。 なぜあの時、祖父は絵の具という言葉を選んだのだろうか。 祖父の素っ

          タトゥーを入れた記憶

          昼を凌ぐ、夜を泳ぐ

          22:30 隅田川テラスにはおそらく昼とそう変わりないくらいの人通りがある。 特に今夜は2月というのに、5月並みの気温という。いったい幾つの木々が春と錯覚しただろうか。 私は緩慢に酒で満たされたアルミ缶を煽る。 川沿いでの人々の時間の過ごし方は様々である。 仲睦まじく足並み揃える夫婦のジョガー、犬の散歩をする老婦人、明るい笑い声で右に左に歩く妙齢の女性たち。 夜の東京は驚くほど明るい。都会には星がないとはよく言ったものである。 黒い川面には街明かりが反射している。 23:

          昼を凌ぐ、夜を泳ぐ

          僕の恋人を紹介します

          最近、アコースティックギターを買った。 まともに楽器を触るのは実に5年ぶりのことで、記憶の中の自分と今ギターを抱えている自分との技術面でのギャップに恐れ慄いている。 すっかり柔らかくなってしまった左指は、鉄線を押さえる圧で痺れている。 きっかけは、ある人に「人生で1番長く続けたことってなに?」と尋ねられたことである。 その質問が為されたのは車での移動中のことである。退屈な時間を潰すための話題の1つに過ぎなかったが、わたしは少し考えて、「音楽」と答えた。 文章を徒然と

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          先週は豚ブロックの煮込み、今週はクリームシチュー

          先日、ものすごく腹が立つことがあった。 仕事の絡みである。これまで私が積み上げてきたものを踏みにじり、嘲笑うかのような振る舞いを受けた。 私は「馬鹿にされている」と感じると情緒に火がつく人間であるため、猛烈に怒った。 帰路に着くも胸のむかつきは全く晴れず、まるでたった今人を殺してきたかのような目つきで電車に揺られていた。 昨今、気晴らしに1人安居酒屋で酒を煽ることも時勢が許してくれない。 だがこの気持ちを明日に引きずるわけにもいかぬ。なぜなら私はもう「いい大人」なのである。

          先週は豚ブロックの煮込み、今週はクリームシチュー

          晩冬のみぎりに

          人の一生とは何によって構成されるものなのか、最近よく考える。 最近でもないかもしれない。昔からよく、「より良く生きるとは」「良い人生とは」「人生を構成するものとは何か」を考える。 経済力、人間関係、家族、友人、社会的立場、趣味、残したもの、経験。 一体どんな要素がどれだけ、どんな状態になっていれば、その人は「良い人生だ」と満足し、評されるのだろうか。 人を羨む人、羨まれる人、両者の間にはどれほどの差があるのだろうか。 年越しを家族と過ごした人、友人と過ごした人、恋人

          晩冬のみぎりに

          バウムクーヘンのような人生

          人の誕生日がなかなか覚えられない質である。 仕事相手などからサラッと聞いた誕生日などは覚えている。なぜならそれによってほんの少しでも仕事が少しでも円滑に進めば、という損得勘定が働くからである。 家族や親しい親戚の誕生日をようやく覚えたのもほんの2、3年前の話であるし、数年来の友人の誕生日も時折間違える。いつも大変申し訳ないと思っている。 では自分の誕生日はというと、これは忘れたことは無い。 誰かに祝って欲しいから覚えているとかそういう訳ではなく、日付を超えて誕生日を迎

          バウムクーヘンのような人生

          【創作】嫌な女

          【創作】「滑稽な人」の彼女の視点のお話です。 「滑稽な人」を読んでから読む方が面白くなるように書きました。 ぜひ、こちらもご覧ください。↓ https://note.com/kitagami_/n/n0c0caab49281 これまでの人生で、私は辻斬りのように男と寝てきた。 ナンパ、援助交際、出会い系アプリなど、それこそ多種多様な出会い方でたくさんの男とベッドを共にしてきた。 私の容姿を見て、「この人はたくさん遊んできたな」と勘づく者はいないだろう。無害そうな笑顔、年

          【創作】嫌な女

          【創作】滑稽な人

          最近、好きな人ができた。 年下の、可愛らしい女性である。ハッとするような容姿を身につけているかというとそうではないが、まとっている空気にどうしようもなく惹かれるものがあった。 笑顔が柔らかくて、耳に馴染む声。こちらの話を聞くときは、まっすぐに視線を向けてくれる。仕草の1つ1つに誠実さを感じる。 私にとって恋は久しぶりだった。これまで年齢を理由になかなか恋愛に踏み出すことができていなかった私だったが、今回ばかりは気持ちが動くことを止められなかった。 私と彼女は、何度も食事

          【創作】滑稽な人

          名付けるならば今は新学期

          休みの日に早めに目が覚めると、得したような、損したような気持ちになる。 今日、東京は久しぶりに気持ちよく晴れた。 ひとまず私は、続いた雨のせいでたまった洗濯物をすべて洗濯機にお任せし、待っている間、今日という日の過ごし方を考える。 無限に思えた3ヶ月という休職期間が、8月31日で終わった。 8月31日。夏休みが終わる日。 仕事は今のところ楽しくやれている。 焦り、申し訳なさ、自責。 そう言ったものたちはすべて夏休みに置き去りにした。つもりだ。 今日は社長の厚意でいただ

          名付けるならば今は新学期

          【創作】彼を殺したのはだれ

          彼はとてもお金持ちだった。 大きなマンションの、高い階の広い部屋に住み、綺麗なテラスで高いワインを飲むのが好きだった。 仕事は充実していた。彼には責任も権限もあり、誰もが彼を頼りにしていた。 素敵な恋人もいた。背が高くて髪の長い、誰もが振り向くような美しい女性だった。 彼はいつも高いスーツを来ていた。スーツは彼にとって鎧であり、ステータスだった。 彼は人助けが好きだった。恵まれない子供達や災害に遭った国、路頭に迷うホームレスに食事やお金を分け与えた。 誰からみても彼

          【創作】彼を殺したのはだれ

          美容院クライシス

          美容院がいくつになっても苦手である。 初めて美容院に行った記憶もしっかり残っている。あれは小学校低学年、自宅でケープを装着しての「お母さん理髪店」がどうしても嫌だ!と駄々を捏ね、母がいつも行っている美容院に連れていってもらった。 美容院はだいたいどこもオシャレな作りになっている。淡い色のフローリング、大きな鏡、観葉植物。今まで目にしたことも無い、パーマを当てるための機械や薬品とシャンプーの混ざりあった匂い。なんだか歯医者さんみたいな場所だな、という印象を覚えた。 そして

          美容院クライシス