【創作】滑稽な人


最近、好きな人ができた。

年下の、可愛らしい女性である。ハッとするような容姿を身につけているかというとそうではないが、まとっている空気にどうしようもなく惹かれるものがあった。
笑顔が柔らかくて、耳に馴染む声。こちらの話を聞くときは、まっすぐに視線を向けてくれる。仕草の1つ1つに誠実さを感じる。

私にとって恋は久しぶりだった。これまで年齢を理由になかなか恋愛に踏み出すことができていなかった私だったが、今回ばかりは気持ちが動くことを止められなかった。

私と彼女は、何度も食事を共にした。
交わした1つ1つの会話を、よく覚えている。
好きな映画の話。コーヒーの趣味。実家にいる犬の話。中学生の頃の暗い思い出。過去の恋愛の話。苦手な食べ物の話。気に入っている街の話。部屋のインテリアの話。

彼女を構成するこれまでのすべてを知りたくて、私は多くのことを聞き、共感し、ますます彼女のことを好きになった。

ある休日、彼女は私の家を訪れてくれた。
彼女はお気に入りだというパティスリーのエクレアを手土産に、私の部屋を訪れた。

エクレアとコーヒーを飲みながら、彼女が好きだという映画を一緒に観た。
正直、自分が映画を見るなら選ばないようなタイトルだったが、それでもその映画はとても面白かった。彼女が話してくれた、印象に残っているというシーンがとても尊いものに感じた。
帰り際、私たちは1度だけキスをした。

彼女は私の部屋を褒めてくれた。
1つだけ、花瓶があると、きっともっと素敵ですね、と言った。

次にもし彼女が来てくれたなら。
花瓶にトルコキキョウを飾って、彼女を迎え入れたいと。そう思った。

そしてその時に、きちんと面と向かって想いを伝えようと。

次の休み、私は花瓶を買いに街へ出かけた。
花を飾る生活などしたことがなかったので、買うのにとても苦労した。インテリアショップをいくつかめぐって、ようやくこれだと思う物を見つけた。

彼女はこの花瓶を見たらなんと言ってくれるだろうか。
あの話、覚えていてくれたんですね、と喜んでくれるだろうか。
目当てのものを見つけ、私は浮き足立っていた。すでに辺りは暗くなっていた。

買い物帰り、駅まで近い道を選んでいたら、歓楽街に入ってしまった。
怪しげな雰囲気の、ホテルなどが立ち並ぶ通りである。私はこう言った街はあまり好まないので、足早に駅へと向かった。

その最中、ホテルから若い男女がぴったりとくっついて歩いて行くのに出食わした。

そのうちの片方が、彼女だった。

そうすべきではないと分かっていたが、動揺した私は思わず声をかけてしまった。
振り向いたのはやはり彼女だった。

彼女は、いつもと何一つ変わらない柔らかい笑顔で、「こんばんは」と言った。

次いで、私に、「この方はお友達の〇〇さんです」と、隣に立つ男を紹介した。
同じように、隣に立つ男に、私のことを「この方はお友達の〇〇さんです」と、紹介した。

男は悪びれる様子も、うろたえる様子もなく、どうも、と私に言った。

私はなんといったらいいのかわからなかった。
ホテルから一緒に出て来る男が友達なんて生優しい関係であるはずはないのではないか。この男が友達だとしたら、同じように友達と紹介された私は一体なんなのか。
私たちは、あれだけの時間を共に過ごし、心を通わせあっていたはずなのに。

自失した私は、思わずこう聞いてしまった。
私は、あなたのなんなのですか、と。

彼女は困ったように首を傾げて、こう言った。

「私はまだ、誰のものになったつもりもなかったのですけど」


そこから家までの道のりの記憶はほとんどない。気付いたら自分の部屋に1人帰って来ていた。

これまでの彼女の言葉、表情、仕草が頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えた。

グラグラと視界が揺れ、目眩がしたので、冷たい水を一気に飲み干した。
床に放り出された紙袋からは、丁寧に梱包された花瓶が顔を覗かせていた。

私は衝動的にその梱包をむしりとり、キッチンシンクに叩きつけた。

片付けも適当に、私は布団に潜り込んだ。
こんな気持ちでも、まだ彼女への告白の言葉を考えてしまう私は、正しいのか、間違っているのか、わからなかった。

ただ1つ言えるとしたら、きっと私は、滑稽な人間だ。




彼女視点のお話を書きました。↓
https://note.com/kitagami_/n/n2e5fd6ec000a

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