竜とそばかすの姫感想/考察

前提として

2021年7月18日、竜とそばかすの姫を映画館で視聴しました。
映像の美しさ、洪水のような音数、主演の中村佳穂の吐息交じりの独特な歌唱、細田守の描くSNSと人間関係のリアリティをひとまとめにして頭をぶん殴られるような映像体験でした。
とてもよかったのと同時に、その人間関係のリアリティが生み出すえぐみにむちゃくちゃ情緒を揺さぶられたので、慣れないあらすじと感想、考察を書きます。
あくまで個人の感想、考察です。
この先ネタバレが発生するタイミングでアラートを記載します。


あらすじ

主人公は高知の田舎に住む平凡な女子高生、すず。
過去、名も知らぬ子どもを助けるため、目の前で母の命が失われるのを目にしたことにより心に傷を負い、父親とはしばらく心を通わせることができていない。通っている学校でもぱっとせず鬱屈した日々を過ごしている。幼馴染であり、すずの身を案じる片思いの相手・忍はいつの間にか女子生徒からの人気者になっていて、劣等感から忍からの気遣いにも目を見て応えることもできない。学年のアイドルであるルカにうっすらとした劣等感を抱き、合唱隊に所属しながらも人前で歌うこともできない日々。
そんなある日、すずは『U』というSNSに登録する。
『U』とは、全世界で50億人もの登録者を誇る究極の仮想空間。ボディシェアリング機能を有し、登録者の隠された能力を引き出す「もう1人の自分」であるアバターを通じ、仮想空間で人々は自己実現や交流を行う。
『U』のアバターの姿はユーザーの写真をもとにAIが作成を行う。AIによって作成されたすずのアバターは、豊かな桃色の髪を蓄え、憧れの対象であるルカによく似た、それでいてリアルの姿と同じようにそばかすのある、美しい女性となった。
すずは本当の自分とあまりにかけ離れたアバターに困惑しつつも、「Belle」として『U』に登録。美しいアバターの姿を得、初めてすずは胸を張って歌を歌うことができた。その歌は今は亡き母親と共に鍵盤を叩いて作り上げた歌だった。
すずの隠されていた圧倒的な歌唱力により、Belleはあっという間に『U』の中で注目される存在となる。『U』の中でも、リアルでも話題はBelleで持ち切り。
Belleの正体を知るのは唯一の理解者である、毒舌家ヒロちゃんのみ。すずは必ずしも好意的ではないSNSの反応に怯えるが、ヒロちゃんによるプロデュースにより、Belleはめきめきと頭角を現す。
そんなある日、Belleはある大規模なライブを行う。そこに、竜と呼ばれる悪質ユーザーが乱入する。竜は『U』の正義と秩序を守ると主張している自警集団・ジャスティスに追われていた。
ジャスティスたちとの戦闘に巻き込まれるBelle。ライブの観客は皆竜を『U』から追放しろと叫ぶが、Belleは竜の物悲しい目と痛々しい姿を見て、「あなたは誰?」と口にする。
竜とそばかすの姫はここで邂逅を果たし、物語はこの2人を主役として進んでいく。


メインテーマ曲担当のmillennium paradeと仮想空間『U』との親和性

メインテーマ曲はその名も『U』。King Gnuのギタリストを担当する常田大樹が率いるmillennium paradeが楽曲を担当している。

millennium parade - U
millennium paradeは日本の説話に登場する、深夜に徘徊をする鬼や妖怪の群れ、および、彼らの行進を意味する”百鬼夜行”をコンセプトとした音楽集団。彼らの作る楽曲が、『U』の世界観と抜群の親和性を生んでいる。

監督の細田守といえば、代表作品に「サマーウォーズ」がある。これもまた、リアルと仮想空間を並行して物語が進んでいく作品である。
サマーウォーズも竜とそばかすの姫も同じく、ユーザーは自らの姿をアバターに投影し、匿名で仮想空間において交流を行う。
本来の姿を隠し、人間離れしたアバターがいくつも連なる様は、まさしく現代の百鬼夜行とも言えるだろう。

雄々しいドラムから曲は徐々に盛り上がりを見せ、トランペットをはじめとした行進曲のようなリズムに中村佳穂の歌唱が加わる。序盤から後半にかけ音数は増えてゆき、ラスサビの贅沢な音の重なりは、Belleが『U』の世界で注目を浴び、様々なユーザーを魅せ、物語を大きく巻き込んでいく様を自然と思い浮かべてしまう。
この曲を耳にしたことが、映画館での視聴を選んだきっかけとなった。


※この先多くのネタバレを含みますので、見視聴の方は閲覧にご注意ください。




主人公すずとヒロちゃんの必ずしも対等ではない友人関係

私が劇中で最も印象に残ったのはこの2人の友人関係についてだった。
ヒロちゃんの歯に衣着せぬ物言いは非常に辛辣で、頭の切れる毒舌家という立場に位置している。だが彼女は、学年のアイドル・ルカを眺めてうらやましがるすずの隣に立っており、2人きりのシーンも多い。このことから、学校内での立場は決して高くはないと見て取れる。

それでいて、すずへの物言いはかなり棘がある。まだ1度しか視聴していないため言い回しに乖離があるが、
「すずなんて『U』の中じゃないとうじうじした奴なんだから」
「Belleの正体がこんなぱっとしないやつだってバレたらどうなることやら」
「あんたみたいな陰キャがあの忍くんと付き合ったら炎上どころじゃない」
といった発言を本人に対して平気で言い放つシーンがある。
また、竜のオリジン(ユーザー本人)であるケイに、Belle=すず という信頼を得るため、顔をさらして歌うべきだと提案する忍の発言を受け、正体をあらわにするか葛藤するすずに対しても、
「なんてことしようとするの」
「そんなことしちゃだめ、絶対だめよ」
「あんた今まで何のためにやってきたのよ」
と言い、必死に止めようとする。

友人関係とは本来対等な関係であるはずだが、一連の発言を振り返るとヒロちゃんは必ずしもそう思っておらず、すずは守るべき対象、非常に低い立場にあり、自分はすずより上で加護しなければならないと考えていることが見て取れる。すず自身も、明らかに自分を下に見られている発言に憤りを見せる様子もない。非常に不自然な関係性に感じた。
しかしそのヒロちゃん本人も、Belleのプロデュースのため大規模なインターネット環境の使用を家族から禁止され、わざわざ廃校となった小学校の一室を借りたり、陰キャでクラスの同級生たちとカラオケにも行けないすずと一緒に、人気者のルカを妬むともとれる発言をするなど、同じく抑圧された立場にあることも表現されている。
その一方で、忍とすずが付き合っているといううわさ話を鎮火するため奔走するなど、すずを過剰に心配する様子も描写されている。
一連の事件を経てすずは大きな成長を見せるが、おそらくこの2人の関係はヒロちゃんに着いていくすず、という構図からしばらく抜け出すことはないだろう。
私はこういう女同士のベクトルの重さに差異がある関係が大好きである。


生々しいスクールカーストの描写

上記のすずとヒロちゃんの関係は不平等なものであるが、この2人は学校全体のスクールカーストにおいては同じ階層に置かれており、あくまで2人の間での関係性の話であった。
これに対する対比として、学年のアイドルであるルカ、すずの幼馴染の忍が存在する。忍はいつの間にか背が伸びてスポーツもでき、顔立ちも整った青年に育っていて、女生徒のあこがれの対象になっている。

リアルの世界ですずが干されかける出来事がある。学校の廊下で忍がすずを呼び止め、腕をつかんで見つめあう場面を目撃され、同級生の女の子たちから2人は付き合っているのではと勘繰られてしまい、グループLINEで「ありえない」「釣り合っていない」などの発言を受け、炎上しかける。
この出来事はヒロちゃんの活躍とすず自身が誤解を解いて回ったおかげで平定したが、もし忍の相手がルカだったらこんなことにはならなかっただろうね。すずが陰キャだから、こんなことになったんだね。と、すずとヒロちゃんは言葉を交わす。

このように、忍とすずの関係はエンディングを迎えるまで明確に立場が大きく違うものとして描かれている。
また、忍からすずへの発言も、「何かあったのではないか」「大丈夫か」などの身を案じる内容がほとんどであり、すずを庇護する対象として扱っている。
この2人の関係はBelleと竜との事件が収束し、すずが大きな成長を見せることによってようやく対等となり、庇護する対象から恋愛対象に変遷していく。

すずと忍の間では対等な関係となるが、物語が完結した後も、おそらく学校全体のスクールカーストでは2人は違う階層に位置したままになってしまうのではないかと予想している。
スクールカーストを構成する要素は非常に単純で、何か秀でた能力の有無(スポーツや勉強、部活動での活躍など)と、見た目の美醜によって明確に区分される。すず自身はそばかすだらけで、とても美しいとは言えない。ヒロちゃんの言う通り、パッとしないのである。
劇中の出来事を通してすずは大きく成長し、新たな友人と恋人を得ることができたが、果たしてそれを多数の他人が認めるかどうかはまた別の話である。秋からのすずを取り巻く環境に、一抹の不安はぬぐえない。


ケイとすずの今後の関係について

ケイとは竜のオリジンであり、その正体は父親からの虐待に苦しむ若干14歳の少年であることが判明した。誰も本当に助けてくれる人は存在しないと嘆くケイの姿を目にしたすずは、『U』の世界で心を通わせたのは他でもない自分であると、勇気を振り絞って正体を明かし、『U』の世界を飛び出してケイに手を差し出しに単身東京へ乗り込む。

『U』においてBelleと竜は秘密のバラに囲まれながら踊り、抱擁を交わす。
一見この2人の関係は恋愛関係にあるかに思えた。実際踊る2人の姿はさながらディズニー作品の美女と野獣を彷彿とさせる。
だが、すずはケイとその弟トモを救済し、わりとあっさりと地元に戻ってくる。その後のケイとトモがどうなったかの描写は一切無く、父親とも和解を果たし、忍から思いを告げられ、堂々とリアルの世界で歌を歌い、物語は完結する。あくまでこの作品の主人公はすず1人であり、野獣であるケイの境遇がその後どうなるかは一切明かされていない。

作中、非常に多くの美女と野獣のメタファーがあった。だが、美女と野獣の結末は、人間の姿を取り戻した王子とベルが幸せに暮らすというストーリーであり、本作とは全く異なっている。
あくまですずとケイはネット上での非常に親密な友人という立ち位置にあり、すずが成長を果たす大きな通過点の一部、という印象がぬぐえなかった。美女と野獣のモチーフが多くちりばめられた作品だが、細田守が描きたかったのはすずという少女が成長を果たす姿であったように思えた。

それはそれとしてケイとヒロの境遇はあまりに不幸であったので、彼らが今の家庭環境と折り合いをつけ、幸せに暮らすことを心から祈っている。


最後に

いろいろごちゃごちゃ書きましたが映像と音楽があまりにも良すぎました。
あと途中出てくる竜を守るAIのキャラデザがカニ人の中の人でめちゃくちゃアガりました。
『U』がシンプルに面白そうなので私もアバター作って登録したいです。

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