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タバコと白シャツとわたし

恋人と別れた。

ちくしょう、ばーかと呟いてだらっとベッドに倒れ込んで、少しだけ泣いた。
彼の不貞が理由で、わたしが許せなかった。

これまでの経験で、恋人に裏切られたことは(わたしが気付く限りでは)なかったので、感情のやり場に大きな戸惑いを感じた。

もっと訳を聞いたほうがよかったのではないか。わたしにもよくなかったところがあったんじゃないか。酷く傷つけてしまってはいないか。少ない受け答えをかわすたびに湿度を帯びていく電話越しの声がずっと耳から離れない。

台風が遠くの海で生まれたらしい。頭がズキズキ痛い。

こういう時に限って仕事は立て込んでいる。来週から夏休みなのでそれまでに色々と終わらせなければいけない。恋人とお別れしたので夏休みの予定も何も無くなってしまったのに、夏休みがある分今働かないといけない。暦はわたしの事情を省みはしない。

自分がものすごくわるーい人間のように感じた。
人でなし。鬼。冷血。嫌な女。

そういえばお気に入りの真っ白なシャツに染みができていたな。コンロの掃除もしなきゃ。彼の荷物まとめて送らなきゃ。今週末はワクチンの摂取があるから、全部終わらせないと。

なんだか今、自分がこの世で1番惨めなように思えたが、多分彼の方が酷い気持ちだろうと思ったので、わたしは起き上がってシャツに漂白剤を垂らして洗濯機にぶち込んだ。

その日は1度も目覚めず、夢も見なかった。

目覚めた時には、頭痛は治まっていた。
カーテンから日の光が漏れていて、今日は猛暑日の予報だったと思い出した。

ベランダに出て、とりあえずタバコを吸った。今日の仕事のことを考えた。
夜に干した洗濯物はもうすっかり乾いていた。夏で唯一好きなのは、うっかり遅い時間に洗濯物を干してもきちんと乾いているところだ。

そういえば、あのシャツは綺麗になったかな。
タバコをくわえながら、何気なくハンガーを手に取った。

おそらく斜めがけ鞄の肩紐の色が移ってできてしまったおかしな形の染みは、綺麗さっぱり消えていて、綿のシャツは白くピカピカに光っていた。
その光景はなぜだかわからないくらい美しくて、なぜだかハッとした。

今日はこのシャツを着て仕事に行こう。多分、今日からがまた真新しい思い出の始まりなのだ。 

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