美容院クライシス

美容院がいくつになっても苦手である。

初めて美容院に行った記憶もしっかり残っている。あれは小学校低学年、自宅でケープを装着しての「お母さん理髪店」がどうしても嫌だ!と駄々を捏ね、母がいつも行っている美容院に連れていってもらった。

美容院はだいたいどこもオシャレな作りになっている。淡い色のフローリング、大きな鏡、観葉植物。今まで目にしたことも無い、パーマを当てるための機械や薬品とシャンプーの混ざりあった匂い。なんだか歯医者さんみたいな場所だな、という印象を覚えた。

そしていよいよ美容師さんと対面する。母が担当してもらっている美容師さんが髪を切ってくれることになった。綺麗に毛先の整えられた、割腹の良い、鮮やかなピンクの口紅を差した女性。私はこれだけしっかりとお化粧をした女性と直接会うのは初めてだった。

完全に初めて見るタイプの見慣れぬ大人、もはや異星人のような美容師さんに、
「あらー、北上さんとこのお嬢さんなのねー、はじめましてー」
「頭どんなのがいい?」
「鏡見えるかな?クッション椅子に敷こうか」
などと話しかけられ、緊張してまともな返事をすることが出来なかった。結局その日は、母が髪型についてオーダーをした。

大人と話すという体験でもう既にあっぷあっぷしていた私にさらに追い打ちをかけたのが、シャンプーして丸出しになった私の顔面を、他人がマジマジと見つめる、という行為である。
こんな丸出しの顔、家族以外に見られたことも無い。しかも相手は、家族でも学校の先生でもない、今日会ったばかりの綺麗で素敵な美容師さんである。羞恥心が胸の中でちりちりと炙られ、緊張と恥ずかしさと謎の劣等感で卒倒してしまいそうだった。

それでも、1度ちゃんとした美容院で髪を切ってもらってからは「お母さん理髪店」をお願いする気になれなかった。それからは数ヶ月に一度、同じ美容院に通うことにした。

これと同じような緊張、恥ずかしさ、謎の劣等感は、今でも克服することは出来ない。むしろ大人になるにつれ酷くなったように思う。

私は目が悪く、アレルギーもあるのでコンタクトがつけられない。いつもメガネをかけている。
美容院では真っ先にそのメガネを外される。そのため視界がぼやける。ぼやけた視界では、シャンプー台への道のりも遠くなる。普段は読まないような雑誌も大変読みづらい。読みづらいと眉間に力を入れ、目を細くしてしまう。ただでさえ顔面丸出しなのに、このオシャレな空間で更に凶悪な顔を晒さなければならないのである。

美容師さんはみんなオシャレな髪型をしているし、服もオシャレである。そんなオシャレな美容師さんに気を使って話しかけてもらっても、本当の意味で会話が弾んだことがない。
「美容院にはむしろお喋りしにいく」という友人もいるが、私はその真逆で、最低限のオーダーをしてからは終始だんまりで、読みづらい雑誌を読み続けるのである。
時々気を使って話しかけてくれる美容師さんもいるが、たいてい会話のキャッチボールは2往復くらいで終わってしまう。とてもいたたまれない。

早くアニメ「PSYCHOPATH」の立体ホログラムのように、端末を操作したら服も髪型も好きな物が簡単に選べるような技術が開発されることを、美容院に行く度に祈っている。

とどのつまり、今日初めて行ってみた美容院がまさしく私の性にあわない美容院だったのである。私と、担当してくださった美容師さんよ。南無三。

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