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波多恵
2023年3月4日 00:42
太田清吾は反町長派のリーダー的存在だった。といってもその派閥は3人だけだ。そいつらも太田が殺されると、競って町長派になった。「いやらしいおじさんだったわ」太田は自邸の寝室のベッドで裸のまま仰向けで死んでいた。絨毯にはワイングラスが横たわり、こいつも血を流していた。「聞く?」凛子はあどけない仕草で誘った。おれは無視して、先を急いだ。「それから門倉か?」「だーれ、それ」「津守岳(つもりだけ
2023年2月20日 22:16
「止めて!」例の倉庫にむかって湾岸を走っているとき、後ろから凛子が叫んだ。バイクを止めると、あいつは後部座席からコンクリートの防護柵に飛び移り、そのまま浜辺に降り、海の方へ駆けていった。おれは慌てて後を追った。月の光が海の中のあいつを浮かび上がらせた。砂浜に着衣が脱ぎ捨てられていた。「風邪引くぞ」 おれは戻ってきた凛子に言った。「はじまった」 あいつは悔しそうに言った。おれは、とま
2023年2月11日 22:08
時間になったので、おれは倉庫前で待っていた凛子をひろった。バイクの叩きつけるような音が夜の湾岸道路に響く。「康雄にぃ、・・・・・・・」後ろからおれの腹に腕を回していた凛子が何か言った。「なんだ」 おれは問い返したが聞こえるはずがない。「ねぇ、ねぇってば」あいつは、腕に力を入れて身体を密着させた。堅さのまだ残る胸の膨らみが背中を圧し、くすぐるような快楽がおれを襲った。今から人殺しを
2023年2月5日 01:07
凛子に会ったのは2年ぶりだった。おれはこの町に戻ったその日の夜に士郎の家に行った。父の死に関する情報と母の状況を聞くためである。その頃は凛子はすでに、組織の養成所に入っていたがその日はたまたま土曜で帰宅日だった。「どうだい」九鬼は無表情に言った。「なにがです」おれは、はぐらかした。「変わっただろう」細身の身体はそのままだが、その肢体にはしなやかな妖艶さが漂っていた。「背が伸びましたね
2023年1月20日 20:08
凛子はおれのアパートに入るとすぐに下着だけになった。そして、「あーおなかペコ、ペコ」 というとそのまま冷蔵庫の所へ行き、コーラとおれが非常食用にとっていたチーズとチキンのもも肉の燻製をとりだし、ベッドの上であぐらを組んで野良猫のように食いを始めた。「何も食ってないのか」あまりのガッツき方に、おれはあきれて聞いた。「うん」凛子は食いながらうなずいた。おれはむかついた。「金はやっただろ
2023年1月22日 23:25
組織が教会を調べているということは、登坂を抹殺させたのは反組織的思想に理由があったわけではないということか。いや、それもあったかもしれないが、それよりもほかになにか。おれは、そこまで考えて、ひとつのことを思い出した。2年前の5月だった。登坂神父の告別式が終わり、教会を出たところで登坂に呼び止められた。そして、自分になにかあったら、澤地久枝と会ってくれと言って、薔薇畑の方に目を向けた。彼女は
2023年1月25日 21:38
おれは単車を飛ばして教会に向かった。正直、むかついていた。凛子がおれの言いつけを破ったこともあるが、それは織り込みずみのことだ。このときのおれむかつきは、母親と澤地久枝に士郎の殺害に自分が関与していることを伏せて報告した己の卑劣さに向かっていた。いや、いま思えばそれは、そうせざるをえなかった自分の状況に対してであったかもしれない。母はおれが党に入ったことを知らない。彼女が入院したのは2年前の
2023年1月28日 21:23
おれは、教会に隣接した木造洋館に入った。士郎の部屋は二階にあった。そこから見る海は碧かった。まるでエーゲ海のようだ、おれはこの部屋の開け放した窓から湾を眺めるたびにそう思ったものだ。書架の本は思ったとおり持ち去られていた。おれは窓のそばにある机の抽斗を開けた。双眼鏡はやはりなかった。士郎はその双眼鏡でここから5月の鯨が打ち上げられた事件の一部始終を見ていた。鯨が打ち上げられた噂は町にはひろ