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独裁者の統治する海辺の町にて(10)

「止めて!」
例の倉庫にむかって湾岸を走っているとき、後ろから凛子が叫んだ。
バイクを止めると、あいつは後部座席からコンクリートの防護柵に飛び移り、そのまま浜辺に降り、海の方へ駆けていった。
おれは慌てて後を追った。
月の光が海の中のあいつを浮かび上がらせた。
砂浜に着衣が脱ぎ捨てられていた。
「風邪引くぞ」 おれは戻ってきた凛子に言った。
「はじまった」 あいつは悔しそうに言った。
おれは、とまどい、まぬけにきくしかなかった。
「どうしたらいい」
あいつは脱ぎ捨てた端切れ布のようなドレスで身体を拭くと、脱いでと手を差し出した。おれはシャツを脱いで渡した。
「もう、店は開いてないぞ」
「大丈夫。倉庫にいくらかあるわ」
用済みの着衣には血がにじんでいた。それがどっちのものか分からなかったが、おれはとりあえずポケットに押し込んだ。
そのとき、背中で破裂音がした。
「九鬼さんよ!」
海の方を振り返り、あいつは言った。
光が夜空に大きく輪をひらくと、とりどりの色彩が放射状に散った。
「3つも。誉めてくれてるわ。よくやったって」
「なんだ、それ?」
「あたしが頼んだの。ご褒美よ」
暗かったが、あいつが興奮しているのはありありと分かった。
褒美ね。確かにもそれもあるだろうが、それは九鬼が探りに来た記者の死骸を確認したというおれへの知らせのようにも思えた。

倉庫に戻ると、凛子はシャワーの後ジャージに着替えた。おれは、もうくたくただった。
自分のアパートに帰って寝たかったが、その前に確認しておかなければならなかった。
「お前が殺した3人って誰だ」
凛子はおれの前を素通りしてベッドに腰かけ眼帯をした。
「ねえ、バイク教えて」
「お前の年ではだめだ」
「じゃぁ、教えない」
「分かった、近いうちにな」
「でも、なんで言わなきゃならないの?」
「これからお前と一緒に動くんだ、情報の共有さ」
「ウソついてるぅ」
あいつはけらけらと笑った。そして言った。
「わかってるわ。でも、ち・が・う・わ」
「・・・」
「パパは事故よ」
「なんで分かるんだ」
「九鬼さんが言ったわ。崖から落ちたって」
それならおれが聞いたとき、士郎は答えるはずだ。葬儀の時、士郎はいずれ話す、としか言わなかった。おれは九鬼の部下たちが突き落としたと確信した。しかし、それはなぜだ。まあ、いいだろう。士郎も死んだいまとなってはどっちでもいいことだ。こんな小娘に焦らされるのはごめんだ。おれは自分の方から確認した。
「太田清吾だろ」
「ああ、議員さんね」
                                                                     (続く)

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