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独裁者の統治する海辺の町にて(9)


時間になったので、おれは倉庫前で待っていた凛子をひろった。
バイクの叩きつけるような音が夜の湾岸道路に響く。
「康雄にぃ、・・・・・・・」
後ろからおれの腹に腕を回していた凛子が何か言った。
「なんだ」 おれは問い返したが聞こえるはずがない。
「ねぇ、ねぇってば」
あいつは、腕に力を入れて身体を密着させた。
堅さのまだ残る胸の膨らみが背中を圧し、
くすぐるような快楽がおれを襲った。
今から人殺しをやろうというのに。

岬の影が夜空の舌に頭を差しだし、
その付け根あたりにぽつんと明かりが見えた。
二階の西側のいちばん端だ。
誰か泊まろうとしても今夜はもうひとつの宿泊施設に回される。
客はあいつひとりだ。

フロントの女は俺たちが入ってきたのに気づくと、「念のためにね」と言って、210号室の鍵を渡した。
ノックをすると、記者はおれであることを確認し、
何の警戒もなくドアを開けた。

「その娘(こ)は?」彼は顎で凛子を指した。
凛子は深々とおじぎをしながら眼帯をはめた。
よくは見えなかったが、そのときうっすらと笑ったような気もした。

「暇だろうからつれてきた。サービスさ」
「未成年だろ、それに・・・」
「それになんだ、目か?」 おれはすごんでみせた。
「い、いや、そうじゃない、ただ・・・」
「疑うのか?」
「携帯だってつながらんし」
「信じろよ」
「じゃあ、写真を見せろ」
「それは明日だ。今夜はこいつを預けるよ、人質にしてもいいぜ」

おれは、そのまま出て、鍵をかけ、凛子がそいつを始末するのを外で待っているつもりだった。だが、ドアの方に歩をすすめようとしたとき、男の声がした。

「おい、よせよ!」

凛子は男の身体にむき出しの両脚をからませ、まるで蛇のように巻き付いていた。男は解(ほど)こうとして凛子の肩に手を掛けようとしたが、カチッと音がするとナイフが閃めき、血が、夜空を映す窓に飛び散った。

どうやら、このホテルは北に傾いている。
切れた頸動脈から窓側に向かって浜を這う波のように血が広がっていった。
洗面所の方で水の音がした。
凛子がナイフの血を洗い流していた。

おれは、我にかえり、ピクピクと痙攣している男の身体をまさぐり、手帳と携帯をさがした。

一階のロビーに降りると、フロントの女におれは目で合図した。女は軽く頷き、おれの頭越しに「おねカイします」と言った。ロビーの隅のソファーに3人の男が座っていた。おれはすぐにサングラスをかけた。灰色のつなぎの作業服だった。組織の清掃班だ。おれは、気づかないふりをして、凛子の手を引っ張ってそのホテルを後にした。
                               (続く)

https://note.com/kita_hata/m/m411e0cc9f078

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