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独裁者の統治する海辺の町にて(8)


凛子に会ったのは2年ぶりだった。
おれはこの町に戻ったその日の夜に士郎の家に行った。父の死に関する情報と母の状況を聞くためである。その頃は凛子はすでに、組織の養成所に入っていたがその日はたまたま土曜で帰宅日だった。

「どうだい」九鬼は無表情に言った。
「なにがです」おれは、はぐらかした。
「変わっただろう」
細身の身体はそのままだが、その肢体にはしなやかな妖艶さが漂っていた。
「背が伸びましたね。165くらいですか」
「167・5だ、まあ、いい、本題に入ろう」
おれは、うなづいた。
「お前は入党して2年だな」
九鬼は煙草をテーブルで直に圧し消した。
「1年と10ヶ月です」
「平良主席がそろそろ本格的な仕事をさせろとさ」
「何をするんです?」
「殺しだよ」
 おれは反応できなかった。
「心配するな、殺しはこいつが実行する」
九鬼は自分の膝に掛けさせていた凛子の太股を撫でながら言った。

登坂神父の葬儀の時に士郎から聞いた話だが、凛子が養成所に入れられたのは「矯正」という名目だった。隻眼をからかわれた凛子がその男児に暴行したのである。小学6年の卒業間近の頃だった。相手は顎と右足の骨が折れ、全治6ヶ月だったそうだ。組織はこの事件を聞きつけ、凛子に目を付けたのである。
「矯正」とはな。士郎は珍しく皮肉な笑いを浮かべた。
当然、彼らの意向について父は抵抗したが、なにせ、その「被害者」が町長の孫であり、世間一般においても看過できない「非行」であったために、生育環境に問題があると指摘され、父も結局は折れざるを得なかった。
ただ奇妙なのは、土日は教会預かりで、日曜の礼拝に参加したあとに養成所に戻すという条件がすんなり受諾されたことだ。

士郎が言ったのはおおよそそんなところだ。それを聞いたあと、おれは彼に聞いた。
「凛子は?」
「養成所だよ」
「父親の葬儀だぜ」
「許可が出なかった」
「異常だな」とおれが言うと、士郎は
「ただ、時を待つしかない」と言った。
おれは士郎が革命かなにか物騒なことを考えているのだろうと勘ぐり、深入りを避けた。
「で、何を養成しているんだ」
「戦士になるんだと凛子は言っていた」
「あいつら、戦争でもやるつもりか」
「まさか」そう言うと、士郎は双眼鏡で沖を見はじめた。

「ターゲットの始末は今夜の9時から10時の間だ」
九鬼はそう言うとすぐに倉庫を出て行った。

「今まで何人殺した?」 おれは凛子に聞いた。
凛子は3本指を立てた。
二人は誰か分かっている。あいつとあいつだ。同じように頸動脈があざやかに切断されていた。組織にこのような殺し方をする少女の刺客がいることは党内においてはすでに知られていた。もちろんおれはそれが凛子だとは分かってはいたが、幼さをまだ残している細身の身体を目の前にするとすぐには飲み込みがたかった。が、それより、気になったのは、残る一人である。それは誰か。まさか。俺の背筋を冷たい水が流れた。
                               (続く)

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