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独裁者の統治する海辺の町にて(6)



おれは単車を飛ばして教会に向かった。
正直、むかついていた。凛子がおれの言いつけを破ったこともあるが、それは織り込みずみのことだ。このときのおれむかつきは、母親と澤地久枝に士郎の殺害に自分が関与していることを伏せて報告した己の卑劣さに向かっていた。いや、いま思えばそれは、そうせざるをえなかった自分の状況に対してであったかもしれない。

母はおれが党に入ったことを知らない。彼女が入院したのは2年前の6月14日だ。登坂神父が殺されたひと月後、父が海難事故で死んだ7日後だ。

網元である父が梅雨時の時化に船を出すはずはない。母はそのことを警察で討ったえたが、救助された2人の乗組員は父の判断だと証言し、その後行方知れずになった。母はなぜかそのまま警察に6日間拘留され、その後町立病院に強制入院させられた。そのことを登坂から知らされたおれはすぐに勤め先を辞め、この町に戻ってきた。そのときにはすでに家屋敷は彼らに没収されていた、というわけだ。

え、おれが、党員になった理由?分からないのかい。ひとつは父親の死について調べるため、もうひとつは・・・殺されないためさ。

それにしても、暑い日だった。日陰に止めていたにもかかわらず、単車にまたがると火傷しそうだった。いらついていた。そのせいか、町に降りた直後、路地からでてきた老人を危うくはねるところだった。明らかに荒れた運転をしていた。おれは埠頭で一息いれることにした。あのままでは凛子をみるやいなや殴りかかるおそれがあったからな。

埠頭では数人の漁師が海の方を眺めて何やら話していた。その間に入って彼らが指さしている方を見た。島と島の間に小山のようなものたゆたい気味に浮いたり沈んだりしていた。

鯨だった。

「今度のはザトウだな」
「たびたびくるのか」おれは見覚えのある男に聞いた。中学の時の一年先輩で小暮正人という名前だった。
「おう。康雄か。久しぶりだな、いまどうしてる」
「配達関係をやってる」
ごまかせるかどうかこころもとなかったが、小暮の関心はおれの単車の方にあった。
「ふーん、ヤマハか、400だな」
「中古だよ」
「いつか、乗せろよ」
「そのうちな。それで、あれは?」
おれは沖のいまにも漂ってきそうなザトウクジラを指さした。
「今年に入って3度目だ。5月のやつは打ち上げられて、たいへんだった」
「弱っているようだな」
「ああ、でも、こんどのは柚逸の方へまわりそうだ」
小暮は、おれともっとしゃべりたいようだったが、おれは単車にいそいでまたがった。

小暮のアロハシャツの前襟に党員であることを示す青バッチが付いていた。


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