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【連載】独裁者の統治する海辺の町にて

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過疎の漁師町がある政治結社組織に統治された。否応なく組織に組み込まれた中橋康雄は少女凛子と組んで親友の神学者登坂士郎を殺害する。組織の統治支配の恐怖のなかで康雄と凛子はどうなるの…
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#鯨

独裁者の統治する海辺の町にて(22)

独裁者の統治する海辺の町にて(22)

話は戻るが、5月に凛子とおれが殺った記者の永川謙二は手帳を持っていた。そこには主に中央電力と党との密約について記されていた。彼が独自に調べたこともあったが、有益な情報は彼の血のつながりのない姉(実際は恋仲)の安倉雅子から入手したものだった。安倉雅子は党の工作員として秘密裏に中央電力の幹部と交渉していたので、色仕掛けや買収も含めて密約の内容が具に記され、その上、原発建設のタイムスケジュールまで載って

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独裁者の統治する海辺の町にて(21)

独裁者の統治する海辺の町にて(21)

百合みたいに開いた河口から鉛色の水が湾内に流れ出て漏斗状にひろがっていた。おれはバイクを飛ばし、党の本部に向かった。平良貴子(「主席」のことだ)に呼び出されていたのだ。指令を直接出すということは傍受を警戒してのことだ。彼女の九鬼書記長に対する猜疑心が深まっていることは明白だった。6月も中旬になっていた。

党の本部は2階建ての洋館だが、造りは要塞化していて、そこへ行くには長い桟橋を渡らなければなら

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独裁者の統治する海辺の町にて(20)

独裁者の統治する海辺の町にて(20)

「ただ碧いだけの、何事もない海だった。あいつらがくるまでは」
おれはこの言葉を二度聞いている。一度目は、2年前の3月、おれが大学を卒業し、一時帰省していた時だ。親父は船の上でつぶやくように言った。その3ヶ月後、親父は「海難事故」で死んだ。そして、2度目が今日だ。士郎もつぶやくように言った。
「ただ碧いだけの、何事もない海だった。あいつらがくるまでは」
「おれは、その〈あいつら〉のメンバーだがな」お

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独裁者の統治する海辺の町にて(19)

独裁者の統治する海辺の町にて(19)

おれが部屋に入ったことにも気づかず士郎は双眼鏡で海を見ていた。窓際の簡易机にはノートが開いている。
「洋上監視員にでもなるつもりか」
士郎はノート閉じると振り返った。
「来てたのか?」
「10分前からここに立っている」
「すまんな」
「ここからはよく見えただろうな」
「知ってるようだな」
「情報としてはな」
「二日の午前4時20分に沖の方へ曳いていったよ。7艘だった」
「誰にも言ってないよな」

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独裁者の統治する海辺の町にて(18)

独裁者の統治する海辺の町にて(18)

(18)

いまさらだが、おれは、子供の時、親父が母親に、源治のやつが電力のお偉いさんと隠れて会っていると、喋っていたことを思い出した。あれがこれだったとはな。源治というのは、当時、保守派の県会議員で、親父の中学時代の同級生だった。こいつの名字は多良崎で、現在の町長だ。あの時からもう既に原発建設の話がひそかにもちあがっていたというわけだ。あれは、何年前だ?おれは、たしか小学4年だった。ということは

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独裁者の統治する海辺の町にて(6)

独裁者の統治する海辺の町にて(6)

おれは単車を飛ばして教会に向かった。
正直、むかついていた。凛子がおれの言いつけを破ったこともあるが、それは織り込みずみのことだ。このときのおれむかつきは、母親と澤地久枝に士郎の殺害に自分が関与していることを伏せて報告した己の卑劣さに向かっていた。いや、いま思えばそれは、そうせざるをえなかった自分の状況に対してであったかもしれない。

母はおれが党に入ったことを知らない。彼女が入院したのは2年前の

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独裁者の統治する海辺の町にて(7)

独裁者の統治する海辺の町にて(7)

おれは、教会に隣接した木造洋館に入った。士郎の部屋は二階にあった。そこから見る海は碧かった。まるでエーゲ海のようだ、おれはこの部屋の開け放した窓から湾を眺めるたびにそう思ったものだ。

書架の本は思ったとおり持ち去られていた。おれは窓のそばにある机の抽斗を開けた。双眼鏡はやはりなかった。士郎はその双眼鏡でここから5月の鯨が打ち上げられた事件の一部始終を見ていた。

鯨が打ち上げられた噂は町にはひろ

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