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【66】雨音拡がる静謐な世界

いつもご訪問くださり、誠にありがとうございます。

昨日のことです。前日は遅番のシフトで深夜まで勤務。そして昨日は、早朝から緊急出動でした。
急いで業務を一旦終わらせ、すぐに次男(3歳)の保育園の送迎ということでバタバタしてました。
しかも、警報寄りの注意報が発令されるくらいの大雨です。

今までであれば、この機を逃すものかと、愚痴、不平不満、文句を声高に叫んでいたことでしょう。

しかし、そこは心の勉強を重ねてきたこの私。このビンゴ大当たりな状況こそ、「試されている」。本領発揮する絶好の機会とばかりに、私の心は逆に高鳴るのでした。


心をニュートラルに維持することを意識し、一つ一つの作業を落ち着いて慌てず丁寧にこなす。
決められた手順で緊急作業を終え、手を休めることなく、次男の送迎の準備をする。奥さんがやってくれていることを見ながら、自分はその他の準備を進める。

玄関を開ければ強い横殴りの風と雨。まさに嵐です。この中を次男と二人自転車で走らねばならない。次男と私は雨ガッパと長靴を完全装備。

保育園へ持っていく鞄や着替えは濡れないように、ビニール袋で完全コーティング。出発の時間も問題なし。

必要な手順を全て確認し、いざ次男と共に外へ。
すると、雨量は変わらないまでも先ほどまで吹き荒れていた風が凪いでいる。

ということでチャンスは今とばかりに、次男を自転車へ乗せていざ出発!

少し走らせたところでいつもの通学路はシンと静まり返っていることに気づく。そういえば「横浜開港記念日」で小中学校はお休みだったのでした。

誰もいないいつもの通学路で次男と二人だけ。ただ雨ガッパに弾かれる雨音だけが聴こえる静寂の世界。

遠い昔に、奥さんと雨の中歩いた哲学堂を思い出しました。

ふと最近読んでいるマインドフルネスの本に「歩行瞑想」というのがあったことを思い出します。ウォーキングをしながら、足の裏が地面を捉えるその感覚、肌に当たる風の感触や香りに意識を集中すると瞑想と同じ効果を得られるというものでした。

今の場合は、自転車を漕ぐその感覚。その時に軋む自分の脚の痛み。そして、雨ガッパにぶつかっては弾かれる雨粒の音。側溝に流れる雨水の川のせせらぎのような音。ここに五感を集中させると非日常が拡がっていきます。

何という静謐な時間だろう。通学路20分のこの時間は何とも言えない幸福な時間となりました。
今までこの状況でそんな気持ちになったことがあっただろうか、と自らの少しばかりの成長を喜ぶ。

保育園へ着くなり、次男は自転車からスルスルと降りると、一目散に園庭に走り出し、あちらこちらにできた水たまりに飛び込んでは、バシャバシャやり始めました。水たまりから水たまりへ飛んでは跳ね、飛んでは跳ねとやっている。
それを見ていた他の園児たちも面白がって真似し始める。この大雨の中で汚れも気にせず遊び出す子供たちに動揺する大人たち。

ああ、そうか。子供たちにとってはこの大雨もネガティブなものでは全くないのだと再認識させられます。

先生方には「この大雨の中大変でしたね〜!」と声をかけられましたが、「そうですね〜」と相槌を打ちながら、心の中では「いや〜、むしろ癒されました☺️」と思っていました。

完全防備していたので私も次男も一切濡れることなく無事送迎完了。自宅に戻って通常業務に戻りました。

脊髄反射的に「雨=嫌なもの」と思うより、まず心をニュートラルに持っていく。そこから何かポジティブな要素はないかなと心に余裕を持たせると、必ず幸せの種はあるのだと認識できました。

梅雨時期、事故には気を付けながらも、この季節感を次男と共に楽しみたいと思います。

ここまで読んで頂き誠にありがとうございました😊
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#創作大賞2023
#エッセイ部門

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