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麗しき者 第1話

(あらすじ)
売れない役者槇、武藤監督作品に呼ばれるものの若い役者達に馬鹿にされ、監督にも今のままでは使えないと言われる始末。妻尚美に支えられ、息子幹太には励まされ続けている。自分の存在価値を探し続け、やっとチャンスを手に入れた彼に待ち受けていたものとは。

1.撮影現場
「死ね!この野郎!」槇の拳がチンピラの頬を掠る。
「舐めんじゃねぇ!このクソが!」チンピラの左フックが見事に槇の右脇腹に直撃し、濡れたアスファルトに倒れ込む。息が出来ない。チンピラが再び襲いかかってきたその瞬間「カーット!」と、監督が叫ぶ。
「はーい、OK! じゃあ次は組長のアップ行こう。」
助監督の高橋が寄って来て「俳優部の皆さんは今日はここまでになりますんで、お疲れ様でした。次の撮影日は追って連絡します。」「ゲホッ」やっと呼吸が戻って来た。「槇さん、すいません。マジで当たっちゃって。」「いいよ、いいよ。気にすんな。こういうの慣れてるから。」「本当にすいませんでした。また次お願いします。」まだ19歳の上田はそう言ってそそくさとメイクを落としに行った。「最近の若い役者は手加減しらねぇのかよ。」槇はゆっくり立ち上がり繁華街のセットの中をのろのろと歩いた。今日も終わった。朝の6時に新宿西口に集合して、ロケバスで2時間かけて茨城のロケ先へ。弁当食って、衣装に着替え、カメリハして本番。名もなき俳優。そんな生活をもう30年もしている。エキストラに比べたらギャラはいいが、それだけで生活出来るレベルではない。50も過ぎてバイト生活。そんなんだから女房にも10年前に愛想を尽かされた。息子の幹太が生まれた時に。
メイク部屋で血糊を落とす。クレンジングを手に馴染ませ、目の前にあるティッシュで拭き取る。メイクさんは隣にいるが役付きの役者と話していて、俺レベルには見向きもしてくれない。透明人間か。化粧水もつけずに衣装部室に向かう。大人数の現場なので広めの和室が組ごとに分けられている。金城会である自分は向かって右側の部屋、襖を隔てて西原会。部屋に入ると自分の組の役者陣はすでに着替えが終わり、控室でロケバスの待機中らしく誰もいなかった。「あのおっさんさぁ、幹部役なのに全然なってないのよ。なんだよあの乱闘シーン。弱々しくて。本気出してくるかなと右脇腹に一発かましたけど、へろへろ倒れちゃってさぁ。笑いそうになったよ。」若い役者達の笑い声が聞こえてくる。上田か。ごもっともな意見すぎて怒る気にもならない。なんなんだよ俺は。
「渋谷行き第一弾出発します!西原会で乗れる人急いで!」制作チームの声が廊下に響く。「はーい!乗りまーす!」上田と何人かの役者達がドタバタと西原会の衣装部屋から出ていく。顔合わせたくなかったし、ちょうどいい。一服してからゆっくり帰ろう。まだロケバスはあるんだし。
喫煙所に行くと監督の武蔵がいた。
「武蔵さん、お疲れ様です。」
「槇ちゃん、お・つ・か・れ」
マルボロライトをズボンのポケットから出し、一本口に咥えたがライターが見つからない。あのジッポどこやった?ジャケットやカバンの中を探してもない。
武蔵が何も言わず100円ライターで火をつけてくれる。「ありがとうございます。」煙を吐いたら右脇腹が疼いた。「いてっ。」「槇ちゃん、具合でも悪いの?」「いえ。ちょっとさっきの抗争のシーンで相手役者のパンチが直撃しちゃって。」「マジか。最近の若い役者は手加減知らないからな。」お互いの白い煙が夜空の中に消えていく。「槇ちゃんさぁ、ちょっと言いづらいんだけど。最近役者としての質落ちてるよ。惰性でやってない?まあ、昔からのよしみで使ってるけどさぁ。周りのスタッフも気づいてるよ。心ここにあらずじゃ、作品にも傷がつく。確かに大人数の中の1人かもしれないけど、空気感はみんなで作っていかないと成立しないのよ。どうにかしてよ。槇ちゃん個人的に呼んでる手前、俺の顔に泥塗られても困るのよ。次回から頼んだよ。本当にね。」と言い残し、武蔵は駐車場の方に向かって行った。俺の吐き出す煙は大きなため息の塊に見えた。

https://note.com/kiriyajoe/n/n376fba12808c



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