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麗しき者 第10話

10.ブラックレイン
 自分の出番のある撮影は五日間。まず料亭での会合のシーンから。メインさんには台本上の台詞はあるが俺らレベルは演出部さんが手分けして芝居をつけてくれる。慣れてるといったら語弊が生じるかもだが、あー、ここ芝居してても映ってないだろうなというところがわかる。俺よりもっと数をこなしている役者さんはまだいて、演出に乗っかって前へ前へ出ようとする人もいる。俺はそれは苦手であるが。初日の撮影は無事に終わった。二日目。ビジネス街にあるビルの一室に、俺の組、神代組のセットが作られていた。宮長組の親分と会合を行うシーン。俺としたら今作の中では唯一の見せ場のシーンかもしれない。休憩中、宮長組の組長役の小早川さんと出涸らしのまずいコーヒーを飲みながら、上田俊平の話になった。「あいつ今回大抜擢だろ?」「みたいですね。」「芝居もろくにわかってないやつが、あんな良い役出来ちゃうなんてさ、日本のエンタメも終わってるよ。」「ですよね。」小早川さんは老舗の劇団出身で、たまに撮影現場で一緒になることがあった。「事務所もさぁ、大手に移籍したみたいで。やっぱ事務所の力ってのも凄いよね。うちなんて小さいからさ。」「うちもですよ。」その上田と対峙するシーンがもうすぐやってくる。三日目は新宿駅近くに朝六時に集合し、ロケバスで千葉にあるセットまで移動した。抗争のシーンの撮影で人も多く、バスも大型が3台もあった。二時間ほどでロケセットへ。新宿歌舞伎町のようなセットが美術さんにより精巧に作られていた。スーツに着替え、メイクの順番を待つ。ボクシングを始めたせいか顔がいくぶんかシャープになった気がした。弁当を食べ、待つ。ひたすら待つ。そんな時、上田俊平がスタッフを五人くらい引き連れやってくる。サングラスに高そうなジャージ姿にサンダル。「おはようございます。」という声も聞こえるか聞こえないかのトーンで。制作陣が彼を取り囲みくだらないお世辞を言っている。あー、これが日本の芸能界のリアルな姿なのか。それから一時間後、大きなセットの中でリハーサルが始まる。早速抗争シーンから。今日は全体的に撮るらしく、とにかくあちこちで取っ組みの殴り合いが始まる。夕方のシーンといえども、外気は三十度を超えていてシャツはすでに汗でびしゃびしゃだった。撮影は深夜まで続き、またロケバスで新宿まで返された。始発で家へ帰り仮眠をして、朝十時にまた新宿に集合し、二時間かかる千葉のセットへ向かう。前日と同じようにスーツを着て、メイクの順番を待って、弁当を食べる。昨日唐揚げ弁当だったからハンバーグ弁当にしてみる。「槇さん、久しぶりです。覚えてます?上田です。上田俊平。ご飯ご一緒していいすか?」一瞬嫌な気持ちがしたが「いいよ。」と言ってしまった。「槇さん何弁ですか?あ、ハンバーグ。俺もです。ハンバーグ好きなんすよねー。」「そう。」ハンバーグを大きく切って頬張る上田。すぐさま白飯も掻きこむ。「うめぇー、やっぱハンバーグうめぇー。」若さって…「明日、槇さんと俺のシーンですよね?」「あの、シーン、俺的にこの映画のキモとなる場面だと思うんすよ。」「そうだね。」「武蔵監督とも話したんですけど、ある程度ガチでいきたいなと。」「ガチ?」「そう、ガチ。もちろん、あれっすよ!芝居だし、マジではないけど。」「アクションの先生の殺陣のつけかたにもよるんじゃないかな?」「そうなんすよ。松枝さんにもお願いしてて。いかにリアルに見えるかって。」「それで?」「だからガチで!槇さんブラックレインって映画観たことあります?松田優作のハリウッドデビュー作。」「もちろん、あれは俺の…」「マイケル・ダグラスがアンディ・ガルシアと松田優作を日本に飛行機で護送するシーンで、マイケル・ダグラスが松田優作の顔に肘鉄するやつ。あれガチらしいんすよ!」「知ってるよ。」「まじでリアルじゃないすか、あれ?」
「リアルだからね。優作さんが…」「あーいう感じでやりたいんすよ。あーいうリアルを。ガチで。だから…よろしくお願いします!」上田はこんなに話しながらもいつの間にかハンバーグ弁当を食べ終わり、俺に言いたい要件だけ言って、そそくさと自分の楽屋へ戻って行った。しかし、まさか彼の口からブラックレインの話が出るとは。俺は尚美と初めて出会ったあの日のことを思い出していた。「ちょっと!汚かぁ!わたしの松田優作に何してくれると!」

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