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麗しき者 第4話

4.終わりのはじまり
劇団ニクサンの大千穐楽はほぼ満席だった。三度目の小倉公演。我らとしては大盛況の中幕を閉じることが出来た。「この度は劇団ニクサン『終わりのはじまり』にご来場頂き誠にありがとうございます。永遠ってあるようでやっぱりなくて、我々のお芝居と一緒で開演したら必ず終演します。当たり前のことなのですが、この場所でこの時間でしか味わえないこの貴重な時間は僕にとって、僕らにとって毎回特別で。言葉では上手く言い表せないんですけど、本当に…」西山の声が詰まる。西山が泣いている。それにつられて劇団員と客演の役者も泣き始めた。自分は…「今まで本当にありがとうございました!劇団ニクサンは本日の公演をもって解散いたします。長い間応援ありがとうございました!
本当にありがとうございました!」幕が下がる。客席から「やめないでー!」「最高だったぞー!」と古参のファン達の声が響き渡る。幕の後ろで立ち尽くすみんな。長い間が続く。「さ、客出しいくぞ!みんな笑顔でお客さんを見送ろう!」西山は流れていた重い空気を断ち切り、自分に言い聞かせるようにそう言うと、下手の袖から劇場のロビーに向かって行った。出演者達が後に続く。「槇。」
劇団の看板女優の臼倉に声を掛けられる。「今回ばかりはあんたの鈍感さに腹が立つわ。西山君の気持ち全然わかってない。たまには人のことも考えなさいよ!」臼倉からそう言い捨てられ舞台上から動くことが出来なかった。西山はずっと前から悩んでいたんだ。それを俺はわからずにいた。ましてや、大事な話をする時に酔い潰れ、それを介抱してくれたブラックレインの彼女のことばかり考えていた自分が恥ずかしくなった。
ロビーに行くと出演者が横一列に並び、お客さんを送り出していた。自分のお気に入りの役者に直接握手を求める人や、一人一人の顔を見ながら感謝の気持ちを伝える人、遠巻きに手を振っている人。自分は挨拶をしながらその光景を他人事のように見ていた。「あっ。」「あっ。」目の前にブラックレインの彼女がいた。「どうも…」「お疲れ様でした。」「Tシャツ…」「あ、無事…でした…」「わざわざ小倉まで…」「この前、チラシもらって、劇団名の由来見たら行きたくなって…来ちゃいました。」「ありがとう、わざわざ。」「じゃあ、また…頑張ってください。」彼女はそう言うと、劇団員みんなに挨拶し帰って行った。
バラシや掃除が終わり、楽屋に劇団員が集まる。「お疲れ様でした!こんな形で終わりになってすいません。僕の思いはこの前の福岡でみんなに伝わっていると思うので…またどこかで…会えたらいいな。本当に今までありがとう!新たな始まりに乾杯!」西山の言葉は俺の胃の中にずどんときた。西山がその思いを皆に話している時、俺はトイレで死んでいた。大事な瞬間を見逃してしまうのは昔からなのだが、今回に関してはだいぶダメなやつである。居た堪れなくなって劇場の外へ出て、タバコを吸う。これまでの思い出が煙とともに寒空に消えていく。さようなら、劇団ニクサン。唯一自分の拠り所だった場所。「一本いい?」臼倉が突然現れる。「西山君と話さないの?」「あー、昨日話したし。」「そ。」臼倉にあげたマルボロライトに火を点ける。「ふーっ。相変わらずだね。」「相変わらずって?」「素直じゃないって話。」「…」「西山君はさ、槇に労って欲しいのよ。十年もやってきたんだから。本当はもっと続けたかったみたいだけど、リンゴ農園?農家?継がないといけなくなっちゃったみたいだから。急な話でね、あの西山君がさ、決められねーよ!ってくだまいてたからね。その後泣き出しちゃってさ。泣きじゃくりながら、みんなごめん!みんなごめん!って。そういう大事なシーンに誰かさんいないからさ。きっと隣にいて欲しかったと思うよ。ま、槇じゃねぇ…」沈黙。「じゃ、あたし行くから。またどこかで。」劇場の中に消えていく臼倉の背中が眩しかった。俺はいったい何をしているのか…
 ホテルにはまだ帰りたくなかったから繁華街にある古びた居酒屋で一人で飲んでいた。酔っていた。そして、臼倉の言葉が何回も頭の中を駆け巡っていた。「ま、槇じゃねぇ…」自分の存在が全否定されたような言葉。俺は誰なんだ。俺の生きている意味はなんなのか。賑やかな居酒屋で自分が消えていきそうな感覚に襲われた。その矢先。「隣空いてます?」「あ、ブラックレインの…」「尚美です。一条尚美。」それが彼女との始まりだった。

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