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麗しき者 第11話

11.麗しき者
 自分の出番の最終撮影日。上田扮する石渡龍也と俺の役神代洋が対峙するシーンがある日。アクションの指導をしている松枝さんによる入念なリハーサルが始まっていた。「そう、ここで神代に襟を掴まれて、そうそう、それから膝蹴り。そっから離れてから石渡が神代に頭から突っ込んで。そう、いいねー上田君。神代とともに倒れて、パンチ二発。そう、それから…」近くで武蔵監督と助監督の高橋、カメラマンの大城さんが見ている。「槇ちゃん、身体絞ってきたんじゃないすか?なんだか、機敏に見える。」「この前、きつく言っておいたから。期待に応えてくれて良い傾向よ。良いシーンになりそうだ。」アクションリハーサルをしながらそんな話が耳に入ってくるなんて俺もなんか余裕出来てきたんかな。ひと通り段取りも終わり、カメラ割りを決めるため役者陣は休憩に入る。上田は楽屋に戻ったが、俺はセットの近くに腰をおろしスタッフ達のことをぼーっと見ていた。いつまでこんなこと出来るのかな。俺はこんな感じで陽の目を浴びないまま死んでいくんかなー。沈んでいく夕日を見ながら何故か切なくなっていた。
 「槇さん、間もなく本番です。」助監督の高橋が伝えにきた。「槇さん、今日のシーン個人的に凄く楽しみです!頑張ってくださいね。」「ありがとう。」高橋は俺らみたいな役者にも優しい。役者経験があったせいか。上田がマネージャーやヘアメイクを連れ立ってやってくる。もうすでにスターの風格を感じぜずにはいられなかった。「上田さん入ります!」高橋の声がセット内に響く。「じゃあ松枝さん、アクションの最終チェックをお願いします。」段取りをもう一度確認してOKをもらう。武藤監督が俺らのところにやってきた。「このシーンは石渡が全ての組を牛耳っていくきっかけとなる大事なところ。欲しいのはリアリティ。二人とも頼んだよ。」「はい!」「はい。」
「じゃあ、各所スタンバイ!シーン26カット1から!」対峙する石渡と神代。「よーい!スタート!」神代「石渡、お前最近かなり調子乗ってるみたいだな。会長のことも無視して。どういうつもりだ!」大神田「じじいはすっこんでろ!」石渡の右ストレートが頬を掠める。アクションの段取り通り襟を持ち膝蹴りをする。神代から離れる石渡。頭から突っ込んでくる石渡に倒される神代。二発顔面にパンチをくらう。石渡の三発目のパンチをかわす。そのパンチはコンクリートに直撃した。石渡が痛みを堪えている隙に、腹に蹴りを入れる。悶える石渡。神代「大したことねぇじゃねぇか、若造が。」石渡「うるせい…じじい!」二人はファイティングポーズをとり向かいあう。神代のワン、ツゥーをかわし、石渡のボディが入る。「なんだよ…こいつ…まじで入れてきやがった…」石渡の続くフックとストレートを止め、右アッパーを出すが止められる。段取り通りだ。石渡のワン、ツゥーを交わし、神代の左フックが入ってくる流れだったが…上田はワン、ツゥーの後に左フックを俺の顎にリアルに当ててきた。一瞬、目の前が真っ白になり…「幹太!尚美!」二人の名前を叫んでいた。「パパー!起きて!」「おい!起きろ!あたしの大事なTシャツにゲロ吐きやがって!」「パパー!パパー!」「槇ーっ!」「槇さん!大丈夫ですか!」目を開けると武蔵監督と助監督の高橋、制作陣が俺の周りを囲んでいた。「お、槇大丈夫か?」武蔵監督が言う。「あー、槇さん良かった!」高橋が言う。「あ、俺意識なくしてたんすか?あ、すいません。もう一度やらせてください。」「槇、今最高のシーンが撮れたんだよ!」「え?」「だから最高の絵が撮れたんだよ。」「あー、そうすか…だったら。」「パパー!」「え?なんで…幹太…ここにいるの…」「パパ、カッコよかった!」「え?見てたの?」「うん。ワルモノやっつけて!」「ワルモノやっつけて…あれ?上田は?高橋君。」「あー、今救急車で運ばれてます。ざまーみろです。あんな生意気な奴はこの作品には必要ないです。」「必要ないって…だって台本変わっちゃうじゃないすか?駄目ですよ!ねー、監督!」「いいんだよー、結果槇ちゃんが麗しき者になったんだからさ!ははははぁー!」武藤の笑い声につられて周りのスタッフや出演者が笑い出す。その中に幹太もいる。尚美もいる。臼倉?ボクシングジムの村田さん?解散した劇団ニクサンの劇団員達…西山?おやじ?おい…どうなってんだこれ…おい!おーい!

#創作大賞2024
#お仕事小説部門

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