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麗しき者 第2話

2.元妻
尚美と出会ったのは劇団にまだいた時だった。地方公演で福岡に行った時、イベンターさんに連れて行ってもらったもつ鍋屋で。尚美はバイトで働いておりその店ではかなりの古株みたいだった。福岡公演は1日だけだったが大盛況だったのと、次の日は小倉への移動日だけだったので、調子に乗って飲み過ぎてしまった。「槇さん、大丈夫ですか?」トイレの前で後輩の野原の声がする。」「あー…だいじょうぶぅ。」かなり酔いがまわっている。「そろそろらしいんで、早く来てくださいねー。」「おー…」その後の記憶がない。「お客さん!お客さん!起きてください!皆さんもうお帰りになりましたよ!お客さん!」目を開けると女性店員が自分の身体を思いっきり揺らしていた。「か、かわいい…」と思った次の瞬間。「おえ。」俺の胃の中に収まっていたアルコールともつ鍋の具材が彼女のTシャツにかかる。「ちょっと!汚かぁ!わたしの松田優作に何してくれると!」「え?松田優作?」「ブラックレインの一点もののTシャツに何してくれると!最悪ばい…」焦った俺はトイレットペーパーを差し出す。「ごめん…」「もう…」彼女立ち上がり隣の洗面所へ行き水を思いっきりだした。「加奈子ちゃんごめん!店のTシャツ持ってきて!」俺はトイレットペーパーで床に散らばっている自分の吐瀉物を拭き取りトイレに流した。気持ちの悪い酸っぱい匂いが鼻につく。洗面所へ行くと、彼女はTシャツを着替え、汚れてしまったブラックレインのTシャツを洗いビニール袋に入れていた。「本当にすいませんでした。これ。」財布から2000円を出し彼女に渡す。「クリーニング代。」「いりません。もう閉店なんでさっさと帰ってください。劇団の人達も誰一人残ってないですよ。」「すいません…」自分がいた席に戻りカーディガンとデイパックを取って入り口に向かう。やらかしてしまった自分に嫌気がさし、自分を置き去りにした劇団員達を恨みつつ店を出る。「ご迷惑おかけしました。すいませんでした。」その声に反応する人間は誰もいなかった。少し肌寒い外の空気が更に自分を虚しくさせた。

#創作大賞2024
#お仕事小説部門

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