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嘘の素肌

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「何者でもない僕に付加価値を与えてくれるのは、いつだって好奇心旺盛な女性達でした。」 桧山茉莉、二十七歳。仕事や人間関係に不自由なく生きてきた"何者でもない男"を取り囲むのは、…
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2024年7月の記事一覧

嘘の素肌「第23.5話」

嘘の素肌「第23.5話」

現代アート、その次世代を担う若手アーティスト4選——3.桧山茉莉(31)

 桧山茉莉/mari hiyamaは199×年神奈川県生まれの画家で、道星大学経営学部卒業後は株式会社マウズへ就職しSEOライティングやメディアディレクション業に従事、四年前に画家へと転身。現在は東京を拠点に活動しています。

 油彩画を主戦場とする彼の作品は、メメント・モリをアラ・プリマ技法で描くことに大きな特徴がありま

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嘘の素肌「第24話」

嘘の素肌「第24話」

 天井に取り付けられた丸いLED照明と目が合う。僕はブラウンのベッドスローに革靴を履いたままの足を乗せ、仰向けになって股座に女を沈めていた。女は着衣したままの僕の下半身から上手にペニスだけを引っ張り出し、呂律の回らなくなった舌で健気に舐めずっている。煙草が吸いたくなって、コーヒーテーブルに手を伸ばす。煙草よりも先に女が調子づいて飲み干したクライナーの空き瓶が指先に触れた。隆起した下腹部に熱が溜まっ

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嘘の素肌「第25話」

嘘の素肌「第25話」

 玄関に上がると廊下の電気が付いていた。念の為足音をわざと荒立てつつリビングに踏み入ると、ソファに腰を下ろしながら足の爪にネイルを塗っていた片山いずみが「おかえりなさい」と静かな声で振り返った。赤紫色のペディキュア。シャネルのヴェルニが、硝子仕様のローテーブル上に鎮座していた。

「ただいま。今夜は夜更かしだね」

「茉莉が帰ってくるの待ってたんだよ」

 ブラトップにハーフパンツ姿という警戒心の

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嘘の素肌「第26話」

嘘の素肌「第26話」

 冬の終わりが兆し始めた三月上旬、穏やかな春風と共に今月一回目のパーティーが松平によって渋谷で開かれた。圧倒的主催者根性の松平は多くて週に一度、現在自分が育てているクリエイターを酒の席に集わせ、意見交流の場を設けることに喜びを享受している。彼曰く「人間関係が狭くなりがちな傾向にある表現者同士を結集させることで、クリエイティブに必要な視野の拡大が望める」らしいが、真意はわからない。僕の目から視る松平

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嘘の素肌「第27話」

嘘の素肌「第27話」

 喫煙所から出た後は松平に適当な理由を告げ、VIPルームには引き返さなかった。いずみのマンションへ戻る気にはなれず、他人との交流を遮断し今は制作に打ち込みたい心地だったので、三年前から借りている立川のアトリエ代わりの安アパートに大人しく帰った。数時間後、ゴミ屋敷に近い状態の一室で僕が筆を握ると、松平から「刺青と巨乳でロイヤルスイート。半分桧山の尻拭い」とLINEが届いた。何が尻拭いだ。口では偉そう

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嘘の素肌「第28話」

嘘の素肌「第28話」

「似顔絵?」

 いずみが用意した二段弁当をつつきながら、訊ねるように彼女の言葉を短く反復し、口の中では咀嚼を継続する。焼き鯖と若菜の混ぜご飯が主食として一段目に詰められており、二段目のおかずゾーンには玉子焼きとアスパラベーコン、帆立の貝柱バターソテーに素揚げした肉団子。銀杏型に飾り切りされた茹でニンジンと二粒のプチトマト。見た目にも華やかな弁当。更にいずみは最後の一押しで、魔法瓶に赤だしの味噌汁

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嘘の素肌「第29話」

嘘の素肌「第29話」

 世間一般が新生活だなんだと浮足立っていたその頃、変わりない毎日を送る僕は渋谷の純喫茶に松平から呼び出された。「巷を賑わした才者との邂逅タイム」と電話越しに松平は言っていたが、今回は表現者を集めたいつもの会とは違うらしかった。

 渋谷駅から徒歩十分ほど歩けば着く、八幡通り沿いに位置するレンガ調の外壁が目印の古き良き喫茶店。正午を少し過ぎた待ち合わせというのが、夜にばかり顔を合わせる松平とはどうし

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嘘の素肌「第30話」

嘘の素肌「第30話」

 新人作家・村上流心の話題は、僕がどれだけ遮断しようとも耳に挟まってくるほど大きなものだった。有名出版社が主催する純文学の賞レースで最優秀賞を獲得した事実そのものは、さして世間へ波風を立てるような話題ではなかった。ただ彼のデビュー作『パープルノイズ』を十万部売れたヒット作へ押し上げる要因となったのは、村上が授賞式に登壇し、そこで常軌を逸するスピーチを披露したことがきっかけだった。誰かが録音した音声

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嘘の素肌「第31話」

嘘の素肌「第31話」

 爪の先でカリカリと机を詰りながら、明らかに不服そうな態度を浮かべる松平。かたや村上は堂に入った面持ちのまま、背筋よく正面を睨んでいる。頬杖をついて重ための咳を挟んだ松平が「俺に才能があるかないかって、ソレ、君の主観でしょ」と言った。

「そうかもしれません。ただ、あなたみたいな凡人が飼い慣らせるほど桧山さんの表現力は大人しくない。獰猛で、繊細で、元来誰かのロボットになれるような性格はしていません

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嘘の素肌「第32話」

嘘の素肌「第32話」

 渋谷から恵比寿に移動し、村上が太鼓判を押す中華料理屋へと足を運んだ。恵比寿駅を出てすぐ、アトレ坂を登った先にある雑居ビルの一室。アパートのような隠れ家的外観の扉を開くと、赤で統一された本格的な内装が視界を埋め尽くした。「ここの火鍋が絶品なんですよ」村上と僕はカウンターの左端席に通され、村上を壁側に座らせた。看板メニューである麻辣香鍋は二十種類以上のスパイスを沢山の具材で食べる汁なし火鍋で、元々付

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嘘の素肌「第33話」

嘘の素肌「第33話」

 立川に降り立つ直前、村上をあの部屋へ連れていくことに億劫さを覚えた。これだけ僕を敬ってくれている後輩に対し、現在僕が巣穴に使用している部屋が築二十年の古典的なRC造の賃貸である事実が、単純に惨めでならなかった。なので道中、僕はその部屋がアトリエであることを強調し、現在は面の良い女と同棲している旨を淡々と説明した。村上が女の顔写真を所望してきたので、「片山いずみって検索してみな」と返した。電子タバ

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嘘の素肌「第34話」

嘘の素肌「第34話」

 冷えたフローリングに素っ裸で寝そべる自分を想像だけで俯瞰したら、八日目の蝉より哀れで邪魔くさい存在のように思えた。隣で同じように裸のまま仰向けになっているいずみとは指先だけで繋がっている。いずみの腹に飛ばした精液が次第に乾いていくが、彼女はそれを拭き取ろうとはしなかった。汗みずくの背中が床にべったりと貼り付いて、身体を動かす気にはなれなかった。四十度近い発熱時に苛まれる様な、耐え難い頭の鈍痛と眩

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嘘の素肌「第35話」

嘘の素肌「第35話」

 自殺対策基本法第五条には「国民は、生きることの包括的な支援として自殺対策の重要性に関する理解と関心を深めるよう努めるものとする。」という文言がある。しかしながら、一般は日常生活において「自殺」という単語そのものを無意識に嫌う習性がある。それは偏に、自殺という事象が自分にも起こりうる可能性がある真実性を、皆本能で感知し、無自覚に回避しているのではないかと僕は考えている。テレビのニュースで集団いじめ

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嘘の素肌「第36話」

嘘の素肌「第36話」

 村上にギャラリーの相談をすると思いのほか良いリアクションが返ってきた。

 かつて僕がどの店より贔屓にしていた橋本の馬肉居酒屋で村上と落ち合い、酒を酌み交わした八月上旬。連日茹だる様な灼熱続きに辟易していたが、渇いた喉にキンと冷えたビールを流す想像をすれば猛暑日さえも肯定することができた。馴染みのオーナーは四年ぶりの来店でも僕の顔を一目見た瞬間に思い出したようで、開口一番「いきなり来なくなったか

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