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「店じまいのサンタ・クローズ」

深夜2時をとうに過ぎたというのに、男性の話し声はまだ続いている。
きっと越してきたばかりの隣人なのだろうと思いながら、ベランダの窓をそっと開けた。
すると足元のサンダルの上に、小さなサンタのおじさんがいた。
「ああ、ようやく気づいたのネ。寒いから早く中にいれてよ」
15センチほどのおじさんは、サッシをよっこいせと飛び越すと、畳の上に体を投げ出した。
赤いサンタの帽子をかぶっているが、服はグレーのつなぎで、胸に一輪の薔薇を挿している。シワのある顔をしていて、見れば見るほど普通のおじさんという感じだ。
私は目の前の状況が飲み込めずに固まっていると、おじさんは「寒いから窓、閉めよか。大丈夫。本物のサンタクロースなのネ」と言って帽子を脱いだ。緑色のもちゃもちゃした髪が見えたかと思うと、辺り一面に、柑橘系のベルガモットの香りがほわんと広がった。
「わたしは元々、巨人族のサンタクロースなのネ。だけど、みんなに毎年プレゼントをあげていくうちに、体がどんどん小さくなっちゃって。ほうら、今やこんな有り様さ」と言った。
私はトナカイまでベランダに居るのでは、と思い窓の外を覗いたが、真っ暗で何も見えない。おじさんは笑うと「物質のプレゼントを持って飛ぶなんて、体力が持たんのヨ」と言った。
そして、あぐらをかくと、「サンタの見た目が一般的に統一されたのはつい最近なのネ。本来は服の色だってなんだっていいし、性別だってさまざま。サンタクロースは巨人から小人、精霊から人間まで、色々いるのよネ」と言った。
確かに、クリスマスシーズンになれば見るその姿は一様の赤と白のコスチュームで、白い髭をたくわえた男性のイメージがある。
どうやら目の前にいる小さなおじさんは、テレパシーの能力があるようだった。私が何も言わなくとも、さっきからうんうん、と頷いている。
「あの飲料メーカーの戦略なのネ。赤と白のCMが強烈だったからネ。古参のサンタ界を賑わせたんだ。俺らこそが本物のサンタだけど、あんな格好してないじゃん⁈ってネ」
私は毛布を引っ張ってきて包まると、おじさんの姿をまじまじと見た。部分的に土がついていて、全体的になんだか汚れている。でも、彼はサンタクロースだと言う。それならば、何か贈り物を届けにきてくれたのでは、と期待に胸を膨らませた時だった。
おじさんはニヤリと笑うと、「そうそう。君は魂通り歩んでいるから、大丈夫なのネ」と意外なことを言った。
「ただ少し、人間側が苦しく思うだけなのネ。いらないものを、とことん引き剥がすのが魂のする仕事だから。でも今日からはエネルギーのマスターとして、この惑星を楽しむのネ。ちなみに期待しているみたいだから聞くけど、今、君が望んでいるものって、なんなの?」
私は、素直にこう思った。
〈美しいものを生み出していきたい。それによって、ますます輝きたい。自分に豊かさを仕わせたい。私を幸せにしたい。全ての苦しかった経験も宝石のように智恵に変換させたい。自分に自信を持って、堂々と生きていきたい!〉
私はこんなにも多くの言葉が、自分の中からすらすらと、湧き出るように出てきたことに驚いていた。
でも全部は欲深いかしら、と思った瞬間だった。おじさんは手を叩いて喜んでくれた。「すごくいいネ。人生を楽しむ者は聖人なのネ。君にはこれを贈るのネ」そう言うと、胸に挿していた一輪の小さな薔薇を差し出してくれた。
力を入れればすぐに壊れてしまいそうな、繊細で、とても美しい真紅の花だった。
おじさんはゆっくり立ち上がって帽子を頭に乗せると言った。
「贈り物は贈る方が一番楽しい。だからこそ、プレゼントの与えすぎには要注意ネ。世界を褒めようとすると、瞬時に愚痴りたくなるような出来事がやってくるのネ。これはエネルギーの物理学なのネ。まず君が自分を認めて堂々と受け取ること。そうやって受け入れて変化していくと、いつの間にか人や景色はどんどん変わっているのネ」
そう言うと、おじさんの体はみるみるうちに小さくなって、2センチほどのサイズになってしまった。
私は慌てて彼の体を手のひらで包んだが、「これが私の最後の仕事。サンタクロースの店じまい、サンタ・クローズ!なんちって。愉快でお祭り騒ぎの、ハッピーホリデー!」と言うと、おじさんは泡のように弾けて消えてしまった。

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