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「会話泥棒」は捨てて良し

人は誰しも自分を知ってもらうことに喜びを感じるもの。

女性は特に話すことに長けていて、身近なことから最近の出来事まで日常会話で自分のことを他人に伝えることを息を吐くようにできる。
いわゆる“陰キャ”と呼ばれる人(自分もそうだが)も、自分がここにいるということを認識してもらうことに少なからず喜びを感じる。
一説に人間は、他人から必要とされなくなることが極限まで到達すると自死を選択するくらいに、承認欲求とは人が人たりえる上でとても大切な欲求なのだ。

うれしいこと、自慢したいこと、珍しい経験などをしたら誰かに聞いてほしくなるよね。
でも、話を聞いてもらうつもりが、
「そういえばこないだ俺もさ~」
「私も似たようなことがあって~」
と、二の次には自分のエピソードを語る“会話泥棒”は周りにいないだろうか。

当の本人は大変気持ちよく話を展開しているつもりが、それをされた側からするとたまったものではない。
「え…まだ私が話してる途中なんだけど…」
とこちらのことはお構いなしに、会話泥棒は自分が主役と言わんばかりに意気揚々と話し続ける。
ただの日常会話から良かれと思ってアドバイスという名の説教を展開する人(先輩や上司)もこれに該当する。

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正直うんざりするタイプの人間。

友達だからなかなか言えないとか、普段の人間性には問題がないとか、職場関係だから強く言えないとか。
悪い人ではないんだけどなんかモヤモヤしてしまって、そろそろ嫌いになってしまいそうなんて人間関係に悩む方もいるだろう。

でも、その人を嫌いになってまで、自分が嫌な思いをしてまでも、
「会話泥棒」に付き合う必要はあるのだろうか。

答えはNoだ。

会話泥棒は見方を変えると、他人の話題を利用して自慰行為をしているのと変わりない。言い方は悪いが。
他人のオナニーに自分の貴重な時間をささげてると思うと馬鹿らしくなってこないだろうか。
自分は相手との関係性を壊したくないと思っても、相手がしていることは無意識にあなたを利用して気持ちよくなっているだけ。
そんな不公平な関係性は無理して維持する必要はないのだ。

思い切って人を断捨離してみよう。
あれだけ人付き合いに悩んでいたのに、なくなってみても意外と環境は変わらないものだ。なくてもいい繋がりはどんどん整理すると新しい余白ができる。
その余白で本当に楽しいコミュニケーションができる友人との時間を増やした方がよほど有意義だ。

仮にあなたが会話泥棒をしていると思い当たる節があるなら、一度その癖を立ち返ることをおすすめする。

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