札幌にはご出張で?
私は札幌生まれだ。社会人になってからも、札幌から出て長期で仕事をしたことはない。出張で関東・関西、日本全国で仕事をしたことはあるが、札幌以外の街で生活したことはない。
ある日、あまりにも時間がなかったので、札幌市内でタクシーに乗った。歩けば20分だが、タクシーなら数分の距離である。
「どこどこまでお願いします。近くてすいません」
なんて媚びながらタクシーに乗車する。
運転手さんは若めの女性だった。珍しい。
タクシー内で、仕事の返事のために無言でスマホをコチコチしていると、運転席からこんな質問が飛んできた。
「札幌にはご出張で?」
…
ダバダバダバダバダバダバ。
さて、この嬉しさが伝わるだろうか。
私は札幌生まれ、札幌の人間だ。生粋の札幌人だ。それがどうだ、この質問は。つまりはどこか別の都会的な場所から、仕事で来ているビジネスマンに見える、ということの何よりの証拠ではないか。
「いえ、すぐそこに住んでるんです」
と言うと、運転手さんは「それは失礼しました」と謝ってくれるもんで。逆に考えると、この運転手さんはもしかするとみんなにそう言ってるのかな? なんて思ったりするけれど、だけどうれしいものはうれしい。
私は都会に憧れる、田舎のカスだからだ。
どこから来てるように見えますか。東京ですか、大阪ですか、それともサンフランシスコですか、ロンドンですか? はたまたニューデリー?
うれしいなぁ。
…
地方の企業にスーツを着ていくと、様々な経営者から警戒される。どう警戒されるかというと、
とまあ、こう言われる。
10社いれば3社から言われる。田舎の人は、東京モンが怖いのだ。わけのわからない外科手術をされたらたまったもんじゃない。
だから言う。
「あ、私は札幌生まれです。しかも育ちは隣町の田舎で、父は函館方面の出身、母は富良野方面の出身、私は小樽商科大学に行ってました」
と、言うと途端にみんなの表情は柔らかくなる。
何が言いたいかというと、
要するに東京の人に見えるらしい。
演出力のたまものだ。
そう見せているつもりはないけれど?
そう見えちゃってるんなら仕方ないなぁ。
あ〜、地方バンザイ。
心の底からうれしいなぁ。
…
冒頭のタクシーでのお話、出張系ビジネスマンに間違えられた話。そこから遡ること3年ほど前。
札幌市内の狸小路(たぬきこうじ)というアーケード街にある、こじんまりした居酒屋に私はいた。このときはまだお酒は飲める。仕事帰りにスーツで1人でいた。
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夜ご飯がてら、何かを食べようと思って。
すると、女将さんが私に言ってきた。
「お客様、札幌にはご出張で?」
きたきた。
あぁ、ありがとう。
そう見えますか。
地方コンプ丸出しの札幌人です。
決して都会の人間ではございませんよ。
そういう風に見えてますか?
どう見えてるんですか。
お世辞でもうれしいですよ。
「あ、いえ。すぐ近くに住んでいる者です」
いつもならこう言うんだけど、
このときはなんだか遊びたくなった。
よし、
出張系ビジネスマンのフリをしよう。
「えぇ、そうなんです。東京から昨日来まして。札幌は何度か来てますが、なにもかも美味しいですねぇ」
ホラを吹く。
「あら、やっぱり。札幌の方とは少し違いますものね。なら〇〇は召し上がったことはあります?お魚なんですけど、北海道でしかいただけないんですよ」
と言われたもんだから、コンマ1秒で言う。
「なら、それを一ついただきましょう」
気取っている。
お魚がまるまる1尾出てきた。なんだったかは忘れた。もう何十回も食べてるやつ。だって私は北海道民。でも、ホラを拭いちゃってるから、続行するしかない。
「いや、これは美味しいですね!」
「そうでしょう、そうでしょう!
地元の人はこれを食べるんですよ!」
「へぇ〜」
なんてコントをやりながら、
ご飯を食べ終わる。お会計である。
「お客様のお会計、1万2,000円です」
なぜだ。
いやたしかにビールは飲んだ。3年前だから。いやたしかにご飯は食べた。夜だったから。で、お魚も食べた。勧められるがまま。コンマ1秒で決めた。値段は見なかった。
落ち着け。
東京の人は、こんな値段を見ても、眉ひとつ動かさないぞ。セブンイレブンでおにぎりを買う感覚であいつらは1万円札を出すんだ。
眉ひとつ動かさず、お会計を済ませる。
最高に落ち着いた表情で。
女将さんから言われた。
「札幌にお越しの際は、またお越しくださいね」
私は札幌から出たことがない。
ホラを吹くと痛い目を見る。
店を出て思った。
「この店には2度と行ってたまるか!」
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