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大学からの帰り道を快適にする独創的アイデア。

私が通っていた大学は、北海道の小樽市の山の上にある。小樽駅からならバスで15分。タクシーなら7分。徒歩なら35分ほどの距離にある大学だった。

小樽というのは街の構造が長崎市に似ていて(行ったことないけど)、まずは海があり、そして山があり、少しの陸地が広がる。

陸地は明治〜大正期に海を埋め立てして作ったような場所もあり、有名な小樽運河はその埋め立ての名残りを確認できるスポットだ。でも、それを意識して訪れる観光客はいない。

小樽の市街地は平地にあるが、もちろん山の斜面にも家や施設が立っていて、急な坂が多数ある。私の通った大学は「地獄坂」と呼ばれる傾斜が10%の坂の頂上にあった。

この先に大学がある


この地獄坂がどれだけきつい傾斜なのかを伝えるエピソードがある。

大学1年生の冬、キンキンに冷えた空気の中、ガラスにように凍った路面状況の日があった。私は大学で友だちがひとりもいない陰気な人間だったので、小樽駅から雪の中を歩いて35分のぼっていた。

ある赤信号で立ち止まっていると、私の横に学生4人を乗せたタクシーが停まった。すぐに信号が青信号になり、私も歩き始めたのだが、背後から「キュルキュルキュル〜」という音が聞こえたので振り返った。

タクシーのタイヤが空転していたのだ。

10%の勾配の坂と、ガラスのような雪道のコラボレーションで、タクシーが前に進むどころか、ゆっくりと後ろに後退していくのである。「おわ、大変そうだ」と思ってみていると、タクシーの中からは騒がしい学生4人が降りてきてタクシーを後ろから押しているではないか。

えっさ、ほいさと押されたタクシーは、前に進み出して、学生は「乗り込めぇ!」と言ってタクシーに乗り込む。発進したタクシーは私を置いてブイーンと行ってしまった。友だちがいなかった私としては、なんだかうらやましかった。


この大学への通い方は最初に書いた通り「バス」「タクシー」「徒歩」の3パターンである。バスなら200円くらいで、タクシーなら割り勘をして150円、徒歩なら無料。私の場合は徒歩を選んだ。

徒歩を選ぶのには理由がある。

たとえばタクシーならば150円で乗れる。でも、4人でタクシーを相乗りするのが前提になる。知らない人と乗ることもあるのだ。もちろん、友だち同士でタクシーに乗る学生もいた。私は? 友だちがいない。かつ誰とも話したくない。なのでタクシーは除外。

バスはなんだかよさそうだ。相乗りの必要がない。が、これまた私としてはたくさんの学生で満員ぎゅうぎゅうになるバスに乗るのはちょっと嫌だった。料金も200円。うーん。

というわけで徒歩。これならひとりでいける。
ひとりでだれにも邪魔されることもなく、おぎやはぎとバナナマンのラジオを聴きながらニヤニヤとできるでないか。しかも無料。

ちなみに、いまの私なら余裕でタクシーに乗るだろうし、バスにも乗る。とにかく意味のわからない考え方をする大学時代だったから、戻れるなら「目を覚ませ!」と言ってあげたい。



こうなると、だれにも邪魔されずに大学までいける。しかも無料で。でも、問題があった。

時間がかかるのだ。片道35分。

しかも急勾配の地獄坂を登らなければならない。帰り道も同様。勾配のきつい坂をまた35分かけて下っていく必要がある。

う〜ん、この時間をなんとかして短縮できないものか。しかもできるだけ費用をかけずに。う〜ん。そう悩んだ末に天才的なことを閃いた。



キックボードを使えばいい。


電動キックボードはまだなかったぞ


アイデアはこうだ。

まず、キックボードを買う。札幌から小樽市内に向かう電車の中では折り畳まれたキックボードを持ち運ぶ。重さは? まあ許容範囲。電車が小樽駅に着く。歩く。さすがに歩く。キックボードを使って勾配率10%の坂を脚力だけでのぼるのは無理だ。

キックボードを持ちながら坂を35分歩く。ここは歩かせて。大学に着く。授業を受ける。ワケのわからない授業を受ける。友だちもだれもいない大学で。ひとり小脇にキックボードを抱えて授業を受ける。さぁ、帰りだ。ここだ。出番だ。キックボード、君に決めた。

折り畳められたキックボードを展開する。銀色のボディ。回る2つの小さなタイヤ。

ここから地獄坂をキックボードで滑りおりる。10%の勾配。とんでもない速度が出るに違いない。タクシーやバスに乗って楽しそうに帰る学生を尻目に「ヤッフーーーーーーーー!」とほうれい線たっぷりの笑顔で叫びながら、キックボードでくだるのだ。行きの35分の時間は短縮できないけれど、帰りの35分は大幅に短縮ができるはず。

天才だ。

第一、着眼点がいい。

バスはいやだ、タクシーもいや。徒歩は時間がかかる。かといって自転車で通うのは不可能。ここでキックボード。

行きの問題は解決できないけれど、帰りの時間課題はエレガントに解決できる。すべてを解決しないまでも一部を解決する、という現代にも通じる最適解。自転車を持ち運ぶのは不可能だけど、キックボードならば軽量化にも成功。これしかない。



キックボードを買ってみた。

ドンキホーテで。こいつが俺の相棒だ、とばかりに買った。

朝になる。キックボードで駅に向かう。快適。駅に着く。折り畳む。電車に乗る。問題ない。電車の中ではひとりで本を読む。本を読むふりをしながらラジオを聞いているので笑いをこらえる。

小樽駅に着く。歩く。タクシー、バスにのる学生を「ケッ」と思いながらキックボードを持って歩く。少し重い。想定よりも。

授業を受ける。意味がわからない。だけど大丈夫。今日はキックボードがある。こいつがいれば全部解決。

帰りの時間になる。部活動に消えていく学生を「いいなぁ」と思いながら見つめる。大丈夫、キックボードがある。俺にはキックボードがついてる。バス停でバスを待つ学生の行列をみやる。無駄な時間を過ごしている。おれは? 

さぁキックボードだ。

キックボードを展開する。2つ折りにされたキックボード。カチッと音がするまで開く。心なしかキックボードからも「やっと出番っすね」という声が聞こえるような聞こえないような。


乗る。急勾配10%の地獄坂。よし。



この世のものとは思えない超スピードが出た。


快適というよりはどちらかというと恐怖。

地獄坂をまっすぐ進むと大きな通りを抜けて日本海へ通じている。このスピードなら街を抜けて日本海へ突っ込み、文字通り地獄へ突っ込んでいくのではないかというスピード。ズダダダーーーゴロロロロローという音。顔は引きつる。ブレーキを一生懸命かける。

引きつる私の横をバスが通る。
大量の学生を乗せたバス。

バスの中を見ると、女子や男子が私を指さしている。「キックボードの奴がいるぞ!」みたいな顔でニヤニヤしながら私をみている。



途端に恥ずかしくなった。


キックボードを使った日はそれが最初で最後。
以降は使わなくなった。

この6年後、私はこの大学を学費未納で除籍になる。まさに地獄坂だった。

<あとがき>
アイデアが閃くと、それが自分の中で天才的であればあるほど、後先考えずに試したくなってしまうタチです。この場合は、予想外に重いキックボード、急勾配すぎる坂、そしてこの姿を多数の学生に見られて「キックボード陰キャ」というあだ名で呼ばれる危険性までは頭が回りませんでした。何事も行動と実験あるのみですね。今日も最後までありがとうございました。

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