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【小説】未来撃剣浪漫譚【3】Anthology 1

こちらは八幡謙介が2014年に発表した小説です。
未来撃剣浪漫譚 ADAUCHI」「未来撃剣浪漫譚 Human Possibility」の続編です。世界観をより楽しみたい方はそちらを先にお読みください。


小さな奇跡

二階堂凛は、急にぶり返した寒さに戸惑いを覚えながらも、すっかり春らしくなってきた街並みに思わず笑みを浮かべた。商店街に入ると、各店の前にはホログラムの店員が笑顔で立っている。
(お花も買っていこうかな……)
 春らしい明るめの花々に目を取られながら、しぶしぶ通り過ぎ、目的のセルフスーパーに向かった。
 軽く暖房の効いた店に入ると、エプロン姿の店員――もちろんホログラムの――に名前を告げる。
「ニカイドウリン様ですね、ネットでご注文された商品が揃っていますので、十八番カウンターでお受け取りください」
「はい、ありがとう」
 凛は律儀に礼を言った。ホログラムだからといって横柄な態度を取るのは嫌だ。
 小学校のときだったか、昔のスーパーにはあらゆる商品が棚に陳列されていたと習った記憶がある。お肉や野菜、果物、それに香辛料や、ジュース、おもちゃまで! どんな光景なのか、凛には想像もつかなかった。いったい何人の人がそこで働いていたんだろう? 強盗に襲撃されたりしなかったのだろうか? 凛が物心ついたときには、ほとんどの店は、欲しい品物をネットで予約し、指定時間内に取りに行く形式に変わっていた。店頭に飾られた商品はダミーで、本物は奥か地下にでも保管されている。たくさんの商品、それも実物のものをひとつひとつ手にし、そこから選ぶなんて、想像もできやしない。
 指定のカウンターに到着すると、ホログラムのおじさんに名前を告げた。すると地下に続くベルトコンベアが作動し、凛の注文しておいた商品がゆっくりと上がってきた。
「ありがとう」
 またホログラムに礼を言うと、両手に荷物を持ち、スーパーを後にした。

「あ――」
 芹沢事務所まで来ると、ちょうど入れ違いに出てきた望月薫と鉢合わせ、凛は思わず声を上げた。
「ああ、凛ちゃん、茜の様子見にきたんだけど、出てくれなくて、いないの?」
 薫も出会いを予期していなかったのか、焦りを隠そうと早口で告げた。
「ううん、いると思う。もう一週間も部屋から出てこないの。ご飯は食べてくれてるみたいだけど……。ねえ薫君、私どうしたらいいんだろう? このままだと茜ちゃんダメになっちゃうよ……」
「まあ、ずっと無二サンと一緒だったからね。仕方ないよ、あんな風に去っていかれたら。それに、自暴自棄になってラスパラに追っかけに行かないだけ、まだ理性が働いている証拠だよ。今はそっとしておくしかない」
「う~ん、そうだけど……」
 茜ちゃんを立ち直らせるため、何かできることはあるはずだ。けど、その〝何か〟が分からない。
「あ、私これ冷蔵庫に入れてくるから。薫君上がってく?」
 凛は両手に持った袋を軽く揺さぶって、薫を見上げた。春の柔らかい光を受けて輝く髪に、少し心臓が高鳴り、慌ててまた目を伏せる。
「いや、俺はやめとくよ。また何かあったらいつでも協力するから。じゃ、」
 薫はそう言って軽く手を上げると、意外なほどあっけなく去って行った。凛はほんの一瞬だけ覚えた寂しさを振り払うかのように、階段を勢いよく上がり、二階の芹沢宅へと向かった。

「茜ちゃん、ご飯作っといたから、よかったら食べてね。私下で稽古してるから」
 凛はドア越しにそう告げると、返事を確認する前に玄関を出て、一階の稽古場に向かった。
 見慣れたドアの前に立つと、ふとあの夏の出来事が脳裏によぎる。姉を辻斬りに殺されて、仇討ちを決意し、何も考えずにこのドアを開けたんだ。あのとき、笑顔で声をかけてくれたのが茜ちゃんだった。あれがなかったら、きっと怖じ気づいて出て行っただろう。そうしたら、私は仇討ちもできず、いつまでも部屋に閉じこもっていたかもしれない、今の茜ちゃんのように……。
 ――あれから、そろそろ一年か……
 凛は主のいなくなった稽古場をゆっくりと見渡した。たった一年ここで稽古しただけなのに、もう何十年も汗を流してきたかのような濃密な時間がこの場所には詰まっていた。
 ぎゅっと手を握りしめる。
 ――茜ちゃんは、苦しんでいる私に手を差し伸べて、助けてくれた。仇討ちもそう、友子が拉致されたときも。今度は私の番だ! 茜ちゃんに恩返しをしなくちゃ。それに、茜ちゃんがダメになってしまっては、無二さんに合わせる顔がない。無二さんの口から直接言われたわけじゃないけど、たぶん、自分がいなくなった後のことを私に託してくれているはず。だからこそ、茜ちゃんを立ち直らせないと。
 そう考えると、改めてそっとしておくことが良策だとは思えなかった。かといって、無理矢理外に連れだそうとしても本人が出てこないだろう。茜ちゃんを連れ出せることができるのは、そう、無二さんだけだ。無二さん……だけ……
 ――――!
「そっか! そうだ!」
 思わず声が出た。けど、成功するだろうか? いや、きっとさせてみせる! 
 凛は急いでゴーグルをかけた。

「し…失礼します、こちら、ご注文の…アイスコーヒーとなります。あ、あと」
 生身のウェイトレスが、少し廻りを気にしながら薫に何かを差し出した。
「これ、クーポンなんで、よ、よかったら使ってください」
 早口でそう告げ、トレイを抱えて去って行く。薫はその後ろ姿を眺めながら、小さく溜息をついた。カフェに入ったときから、もう何度となく彼女の視線を感じていた。クーポンの裏には、案の定彼女のものらしいアドレスと電話番号が記されていた。それを無造作にポケットに入れ、窓の外を眺める。
 ――無二サンは、今頃どこに……
 悲願であった父の仇を討ちに、無法地帯であるラスパラへと向かった無二を、薫は少し滑稽にさえ感じていた。何もそこまでムキになることはない、父親を殺した相手を殺しても、元には戻らない、ならば生きている自分がこの生を楽しむべきではないか? 忍者の家系に生まれた性(さが)か、あるいは持って生まれた性質なのか、薫には仇討ちという文化そのものに対する理解が薄い。しかし、闘争の世界は嫌いではなかった。ヒリヒリするようなスリルは快感だし、実力がものをいう世界は、ある種健全に思えた。無二はそんな世界に身を置き、薫の実力を認め、スパイとして起用してくれた。嬉しかったし、無二との仕事はいつもスリリングで、薫の本能を満足させた。しかし、薫は無二に忠誠を誓ったわけではない。尊敬はしているし、裏切るつもりは毛頭ない。仇討ちの成功も心から祈っている。ただ、ふさぎ込んでしまった茜の世話を焼いたり、無二のいない芹沢事務所を自分が切り盛りしていく気はさらさらなかった。
 このまま、無二が帰ってこず、茜が立ち直れなかったら……。
 ――そのときは、そのとき。
 自分はまた新たな雇い主を探すまでだ。静かにそう結論付けると、氷の溶けたアイスコーヒーを一気に飲み干した。伝票をつかみ、腰を浮かせた瞬間、ゴーグルが点滅した。

さっきのウェイトレスが、明らかに不機嫌な様子で凛の注文したレモンティーを置き、無言で去って行くのを、薫は苦笑いしながら見ていた。凛は何も気づかないようである。
「で、凛ちゃん、お願いって?」
 茜のことだとは分かっているが、いまいち見当がつかない。
「あのね、茜ちゃんを立ち直らせるには、やっぱり無二さんが必要だと思うの」
「でも、もう無二サンが〝向こう〟に行ってから一週間経つからなあ……探すのも一苦労だし、見つかっても戻って来ないんじゃない?」
 凛はちょっといたずらっぽく口角を上げて、
「ううん、そうじゃなくって、薫君が変装して茜ちゃんの枕元に立つの」
「えぇ? ああ、まあ変装はいいとしても、さすがに妹にはバレるだろ? 匂いとか……」
 そう言った瞬間、ある男の姿が頭に浮かんだ。どうやら凛は最初からそのつもりらしい。
「だから、チョー助さんに頼んで、無二さんの匂いを作ってもらったら完璧でしょ? あとは声だけど……」
 薫は観念したのか、小さく息を吐くと自分から提案した。
「声ならエフェクトマスクをプログラミングできるやつがいる、じゃあ……今から行く?」
「うん!」と立ち上がった凛を、一旦制止した。
「協力は、する。そのかわりと言っちゃなんだけど……」
 勢いで口にしたものの、見返りに何を要求したものか、薫は言葉に詰まってしまった。
「じゃあ……成功したら、キス……していいよ」凛は少し口をすぼめて、うつむきながらそう告げた。
「い、いいの!」
 つい大きな声を出してしまい、いくつか視線が刺さるのを感じた。凛は自分で言った言葉に照れている。薫はようやく訪れた挽回のチャンスに胸が奮えるのを感じた。一度は振られ、芹沢事務所との関係性から凛を諦めはしたものの、無二が去った今なら凛と付き合っても問題ないはずだ。『キスしていい』という凛の申し出は、再度の告白を促しているのではないか? いや、それとも……。
「じゃあ、今から行こう。俺はコスプレショップで適当に変装して、その後エフェクト屋でマスクを作ってくる。凛ちゃんはチョー助んとこで無二さんの匂いを合成してもらって、また芹沢事務所で落ち合う。どう?」
「うん、じゃあそれで」
 二人はようやく立ち上がり、店を出た。ウェイトレスが最後のチャンスとばかりに送る視線に、薫は全く気がつかなかった。

(確か、この駅だったっけ?)
 凛は記憶を頼りに見覚えのある駅を降りると、壁の落書きを横目にそそくさと歩き始めた。この地域は昔から有名な貧民街で、新横県民なら普通は近寄らない。凛も実戦を経験していなかったら、怖くて足を踏み入れられなかっただろう。
 ――変な人に絡まれる前に、さっさと用事を済ませて帰ろう。
 夕日に染まるバラックや汚れた電柱を見ながら、胸騒ぎを心の奥に押し込み、必死にチョー助宅までの道のりを脳裏に浮かべた。しかし、一月に茜に連れられてここを訊ねたときは、友子がさらわれて気が動転していたせいか、風景が全く記憶に残っていない。薫君に連絡してみようか、それとも通行人に尋ねてみようか、そう思案していると、二人組の男がこちらに向かって歩いてきた。
(あーあ……)
 ニヤケ面を見ると、目的は一目で分かる。凛は無二に教わった〝初見の目付〟を素早く行った。指先は丸まって力がなく、腰もそれほど据わっていない、耳が潰れていないから柔道、レスリングの経験もなさそうだ。
 ――ただのチンピラかな。武器だけ気をつけよっと……
 歩幅を狭め、歩みを少し遅くする。膝を軽く緩めて、分からない程度に半身を切ると、片方の男が話しかけてきた。
「ねえ、どうしたのこんなところで。道に迷ったんなら目的地まで案内してあげよっか?」
「あ、結構です、すぐそこなんで」凛は大げさな笑顔で答える。
「いいじゃん、ねえ、高校生? どこ高?」
 きりがないな、そう思い、笑顔のまま黙って去ろうとすると、予測していた通り、腕を掴まれた。握力は強い。男は一気に声色を変え、凄んだ。
「おい、無視すんなよ、この街で俺ら怒らせたらどうなるか分かって…お、うわっ!」
 凛は柔術の手ほどきで掴まれている手から腕を抜くと、小手返しで相手を転ばせた。そのまま親指を掴んで逆を取り、動けなくすると、もう一人のチンピラに目をやった。
「おいテメエ、ぶっ殺すぞ!」
 男はファイティングポーズを取り、虚勢を張るが、凛の早技に明らかに動揺している。どうやら、武器は持っていないらしい。
(どうしよう、ぐずぐずしてると人が来ちゃう……)
 実戦が圧倒的に少ないせいか、まだ判断力に乏しい。数秒間、立っている男と睨みあっていると、
「おい! 人んちの前で何してんだこらぁ!」
 と家の中から怒鳴り声が聞こえた。しかし、その声にはどこか聴き覚えがある……。やがて玄関が勢いよく開き、中から細身の男が出てきた。
「おい! テメエんちに虫送り込んで暗殺してやろう……あ、あれ? 凛ちゃん?」
「あ! チョー助さん! ここだったんだ。よかったぁ、私道に迷って……」

(試し読み終了)

少年の決闘

芹沢事務所を一歩出ると、むわっとした熱気が全身を包んだ。萎えそうになる気持ちを立て直すため、唇をきゅっと結ぶと、二階堂凛は階段を早足で降り、道路に出て空を見上げた。夕方五時を廻ってもまだ外は明るく、熱を帯びたアスファルトに立っているだけで汗が噴き出してくる。帽子のツバをキュっと下げると、準備運動がてら、早足でいつものジョギングコースを歩き始めた。
 芹沢無二がラスパラへと旅立ち、茜がそのショックからどうにか立ち直ってから、二人は仕事の内容を仇討ち指南・代行から、人探しやボディガードなどの比較的軽いものへとシフトした。WEBサイトも今までの簡素なものから、ポップで明るいデザインに変えたところ、女性からの依頼も増えてきた。争い事への介入が減ったのはいいことだが、つい気が緩み身体がなまってしまう。生粋の武道家である茜は、どういうわけか全く稽古をしなくても技が衰える気配がない。
 ――ずるいよ、そんなの。
 凛は少し口を尖らせると、既に玉の汗が浮かんだ顔や首筋を軽くタオルで拭き、早足からランニングに切り替えた。
 息が少しあがり、身体の芯が熱を帯びてくる。凛の脳裏に懐かしい声が響いた。
 ――実戦は足だ、足が動かなくなったら死ぬ。
(無二さん……)
 精悍な顔を思い浮かべると、凛は軽く気合いを入れ、さらにスピードを上げた。 
 と、――
 いつも通過する公園に、一瞬違和感を感じた。無意識に足を止め、そちらを見やると、遊具の影になったところに少年たちがたむろしている。よく目をこらすと、一人の男の子を同じくらいの少年数人が囲み、こづいたり蹴ったりしている。凛は思わずそちらに駈け寄った。
「ちょっと! 何してんのよ?」
「は? 何?」
 少し体の大きい、生意気そうな少年が凛を睨む。
(この子がリーダーね)
 ピンと来た。 
「何してるの? いじめ? ねえ君、大丈夫?」
 少年たちに囲まれて、肩をすくめて泣いている男の子に声をかけたが、返事はない。怯えているのだろう。
「何ぃ? おばさん。代わりに遊んでくれんのぉ?」
 陽によく焼けた別の少年が、意味深な嗤いを浮かべながらファイティングポーズを取った。凛はにっこり微笑むと、
「いいよ、遊んであげる。かかってきな」
 そう言って軽く両手を前に出した。少年たちは、ニヤニヤしながらゆっくりと凛に近寄ってきた。

「ちきしょう、覚えてろよ!」
 古典漫画のような捨て台詞を吐いて去って行く少年たちを、凛はぼんやりと眺めていた。いつの間にか西日が濃くなっていて、二人だけになった公園はさっきよりもどこかもの悲しい。凛は彼らが仲間を呼んでくる可能性を考たが、すぐに放念した。仮に来たとしても、討ち屋や辻斬りレベルの者はいないだろう、どうってことはない。それよりも大事なのは彼だ。そう思って振り返り、改めて男の子を見ると、真っ青な顔で震えている。
「もう大丈夫よ」
 笑顔でそう言った凛を彼は憎々しげに睨みつけた。
「な…で……」
「え?」
 凛の顔が一気にこわばる。てっきり感謝されて、女の自分がどうしてこんなに強いのか驚かれると思っていたのに。
「なんで、そんなことするんですか! あぁ、もう終わりだよ、あと一年だったのに! 一年耐えたら別々になれたのに、どうしてくれるんですか!」
 凛は、頭を抱えて再び泣き出した男の子を呆然と眺めながら、ようやく自分のおせっかいを理解した。今まではさっきのグループだけからいじめを受けていたが、自分がそのグループをやっつけてしまったおかげで、今後激化する恐れがあるらしい。
「ご……ごめんね、勝手なことしちゃって。そのかわり、何でも協力するから。そうだ! 武術教えてあげよっか! 私こう見えても討ち屋なんだよ! 仇討ちもしたことあるんだよ!」
 ほとんどヤケクソになってそう告げる。
「……人殺しじゃん」
 男の子は下を向き、吐き捨てるように言った。
 ――人殺し……
 親友の友子にそう言われたことを思い出し、一瞬血の気が引いた。
(私、まだ引きずってるのかな……)
「何人殺したんですか……」
 下を見ながら彼が呟く。
「ふ……二人」
 凛は恐る恐る正直に答えた。
「……じゃあ、腕は確かってことか。だから、さっきも、」
「そ……そう、見てたでしょ? 仇討ちは刀とか使うんだけど、素手で、もちろん相手を殺さずに倒す技だっていっぱいあるし、ね、どう? 毎日この時間にここで稽古するの」
 人殺しと言われたものの、意外に好感触で、凛は思い切ってそう提案した。なぜか、そうすることで過去に殺めた敵への償いになるような気がした。そうして、大げさな笑顔を作ると、
「私はリン、君は?」と握手の手を差し出す。
「タケル」
 少年はそう言って、はにかみながら凛の手を握った。夕日に伸びた細長いふたつの影が、一本の線でつながった

「あ、凛ちゃんお帰り。ご飯もうすぐできるよ」
 ジョギングから帰って来た凛に茜が告げた。
 シャワーで汗を流し、テーブルにつくと、ここ数年ですっかり定番となったベトナム家庭料理が並んでいた。
「あれ……凛ちゃんなんだか嬉しそう、何かあったぁ?」
「え?――」
 そう言われてから、口角がいつも以上に上がっていることに気づいた。
「え? ううん、何かすっかり夏らしやすくなってきたなあって。梅雨明けたのかな?」
 大げさに顔を振ってごまかしたが、なぜタケルとのことを隠したのか、自分でも分からなかった。「最近あんま仕事来ないね。せっかくだからどっか遊びに行く?」
 茜の提案に凛は一瞬賛同しかけたが、
「あ、う~ん、でもいきなりはまずいんじゃない? ちゃんとサイトで告知しておかないと。夏ってトラブルも多いから、急な依頼とか増えそうな気がする」
 とたしなめた。もちろん、タケルとの約束もある。
「そっかあ、そうだよね。今までそういう判断全部お兄ちゃんに任せてたからなあ……。でもずっと人探しとかボディガードばっかでつまんないよ。どっかでチンピラに絡まれてこよっかなぁ……」
「やめてよ~」と凛は苦笑いし、
「平和なのが一番だって。男の人との組み手なら熊さんや薫君とできるでしょ。あ、無二さんがお世話になってた県警の道場に出稽古ってのは?」
 茜は大げさに頬を膨らませた。
「あたしケーサツ嫌い。仇討ち申請のときとかしょっちゅうイヤミ言われるし。こっちはあんたらが棚に上げた仕事を片づけてんだっての」
 そのおかげで食べていけるのだが、凛はあえて口にしなかった。
「私は今の仕事の方が好きかも。仇討ちの代行も人の役に立ってるって実感があるけど、なんていうのかな……ひとつひとつが劇的すぎて、押しつぶされそうな気がするの。だから今みたいに猫を探して歩き回ったり、ボディガードとして女の子の送り迎えしたりするのが楽しい」
「二人も殺してんのに、うずかない? あたしの妖刀が血を欲してんのよ~って」
 茜は自分の冗談にウケて一人で爆笑した。
「もう! 私は殺人鬼じゃないよ!」
 質の悪い冗談だが、天真爛漫な茜に言われるとなぜか傷つかず、むしろ人を殺めた業(ごう)が静かに溶かされていくような心地よさを感じた。
「やっぱ凛ちゃん嬉しそう」
 気がつけばまた笑顔になっていたらしく、茜もつられてニコニコしながら、
「明日も暑くなるのかな~」
 茜の言葉に、凛はふと窓の外を見た。その瞬間心に何かがよぎったが、それが何なのかは掴みそこねた。

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