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目に見える称号で測られない価値

僕は大学生の頃、地理学を専攻していました。

学科を選ぶ際、特にこれと言ってやりたいことはなかったし、将来やりたい仕事もありませんでした。しかし、小さい頃から地図を見たり、旅行に行くことが好きだったし、そういった分野で勉強できればいいなという思いがありました。

だから親とも相談して地理学を学べる学科に入ることにしました。

大学では楽しく勉強できました。日本や世界のあらゆる事象を専門的に学んでいく過程の知的好奇心が満たされる感覚が、自分にとっては喜びだったので、4年間でほとんど単位を落とさず、卒業論文は学科の優秀賞を受賞することができました。

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そんな学生生活を送る中で、興味があったいくつかの資格を取得しました。

そのうちのひとつが世界遺産検定です。

世界遺産検定とは、世界遺産の学習を通して、国際的な教養を身に付け、持続可能な社会の発展に寄与する人材の育成を目指した検定で、2006年に始まって以来、30万人超が受検し20万人以上が認定されているものです。(出典:世界遺産検定公式サイト改)

学科の勉強にも近い内容が出題されるからと受験することを決め、世界中にある世界遺産の種類とその遺産がどういった施設か、どのような歴史を歩んできたかを学び、自分なりに教養を深めました。

結果的に4級と3級という2つの級を取得することができました。

もうその資格を取得してしばらく経っているから忘れている知識も多いけれど、世界遺産を通して日本や世界のあらゆることを知ることができ、受験できてとても良かったと思っています。

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先日、ジョージアのクタイシという場所を訪れました。

ジョージアの中心部に位置し、郊外の空港はヨーロッパ方面のLCC便の発着に使用されていることから、安く旅をしたいヨーロッパの人たちにとってのジョージアの玄関口となっている都市です。

ジョージア国内旅行をしていた際に立ち寄ったため僕にとっても経由地でしたが、せっかくなので2泊滞在することにしました。

クタイシでは、一番の名所であるバグラティ大聖堂に行きました。市の中心から臨める丘の上の高台に位置した教会は、市民にとって誇りとなっている施設です。

キリスト教文化の根深いジョージアの中でも、クタイシはその長い歴史から、この教会自体も価値があるものとされています。

実際に行ってみるととても大きく荘厳な雰囲気に包まれていました。熱心に祈りを捧げている市民を見て、神聖な気持ちになりました。

実はこの教会、かつては世界遺産に登録されていたものの、現在は登録を除外されている一風変わった遺産です。

11世紀初頭に建てられ、17世紀後半にオスマン帝国軍の砲撃で損傷し、しばらく放置されていたものの、市民があまりにも多く訪れることから、1952年から修復に向けた研究が開始されました。

1994年に近隣のゲラティ修道院と共に世界遺産に登録されたものの、進行中だった修復工事はコンクリートや鉄柱を多用するなど、世界遺産の保全や修復の理念を表したベネチア憲章の精神を無視する形になっていました。

そして2010年に危機にさらされている世界遺産リスト(危機遺産)に選出されてしまい、2017年にゲラティ修道院の単独登録となる形で、バグラティ大聖堂は世界遺産から抹消されてしまいました。

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そんな珍しい「元・世界遺産」となった教会には、確かに教会の中に堂々と鉄柱が使用されていて、現代建築の要素も感じられました。

しかし、僕はこの教会が世界遺産かどうかよりも、市民にとっていかに誇りあるものとなっているかの方が重要だと感じました。

祈りを捧げているクタイシの市民を見ていると、ここが世界遺産かどうかなんて関係ないように思えます。クタイシの観光情報を見ると必ずこの教会の写真が載っているし、その称号が観光に結びついていたかというと疑問です。

最近では世界遺産が世界中にあまりにも増えすぎてしまって、本来あるべき価値が損なわれてしまっているように思えます。

僕は地理学が好きだし、世界遺産を勉強していたから、世界遺産こそが絶対だと思っていたところはあります。しかし、バグラティ大聖堂は世界遺産を抹消されたからといって、その教会が持つ価値は落ちていないし、これからも市民にとって誇りとあり続けるんだろうと思いました。

世界遺産とはなんなのか、考えるきっかけになった出来事でした。


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サムネイルの撮影場所はバグラティ大聖堂(トビリシ)

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