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小説作品

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#短編小説

回虫のように 1章

赤井郵太郎(あかいゆうたろう)が出産をしたのは、二十一歳の誕生日だった。
 腹痛で目が覚めたとき、ベッドの枕もとのデジタル時計は三月三十一日の四時過ぎを示していた。まだ夜は明けていない。空気はひんやりとしていた。隣の女性は静かに寝息をたてている。彼女のみずみずしい肌の足が薄闇のなかに白く伸びていた。郵太郎はブランケットを西村奈緒(にしむらなお)にやさしくかけた。
 痛みが激しくなったのはその瞬間だ

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回虫のように 2章

 香ばしいパンの匂いで目が覚めた。時計は十時過ぎを示している。ベッドから起き上がると、奈緒が朝食を用意していた。おはよう、と声をかけると奈緒は、
「クローゼットからこれ借りた」
 と言い、赤い上下のジャージを示した。高校のサッカー部のジャージだった。
 郵太郎は洗面台で顔を洗い、トイレに入った。便座にすわると、肛門に寄生虫の感触が残っていた。奈緒はクローゼットからジャージを取り出した、と言った。小

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回虫のように 3章

 奈緒とはじめて会った夜は激しい雨の降る、九月の最初の金曜日だった。前日に郵太郎が所属するフットサルサークルの学年がひとつ上の吉田(よしだ)健(たける)から連絡を受け、翌日の午後の予定を空けておくように、と強引に言われた。
 池袋駅東口近くの雑居ビルにあるその居酒屋に、集合時間である一九時の十分前に着くと、すでにテーブルには熊のように体の大きい吉田がいた。郵太郎が席にすわると吉田は、
「ぴったり十

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回虫のように 4章

  トイレに向かった奈緒の後ろ姿が見えなくなると、郵太郎はポケットから取り出した小瓶をテーブルに置いた。
 この席からは店内のすべてが見渡せた。話し込む二人組、読書する客、手帳に何かを書いている客、コーヒーを淹れている主人、壁のポスター、木目調の床、革張りのソファ、手作りのメニュー表、木彫りの動物、窓の外の通りには歩行者、老人、サラリーマン、自動販売機、雲、看板があった。そのすべてとの関わりを拒絶

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回虫のように 5章

 狭く埃っぽいエレベーターに乗り、奈緒はB1のボタンを押した。扉が開くと、占いの館の看板が目に入った。看板には大きな金色の文字で、

『ホウオウがあなたの生と死を導きます』
 と書いてあった。入口のドアには、鳳凰が描かれたステンドグラスがはめ込まれていた。ドアを開くとすぐに受付があり、カウンターのなかで中年女性が煙草を吸っていた。鳳凰の描かれた赤い袈裟と、赤いターバンを身につけていた。
 奈緒の予

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回虫のように 6章

 ビルを出ると細く白い奈緒の指に、郵太郎は自分の指を絡めた。池袋の空はまだ明るかった。目の前の車道を車が行き交う。
郵太郎は奈緒に占いのプレゼントの礼を言った。
「占いによれば、あなたは今日、変わるのよ。たぶん私の前で」
「当たればね」
「当たるんだから」奈緒は笑顔をつくった。
「次も何か予定があるのか?」
郵太郎の問いに奈緒は、公園に行きたい、と答えた。
 南池袋公園のカフェを見ながら、貸出用の

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回虫のように 7章

 チケット売り場の女性は、閉園まであと三十分です、と告げた。
 平日の客は少なかった。カップルや学生のグループが何組かいるだけだった。まっすぐに観覧車へ向かった。ジェットコースターの走る音に人間の声が少しだけ混じっていた。夜のなかで観覧車はカラフルな光を不気味に放っていた。
 ほとんど待つことはなかった。赤く光るゴンドラの扉を係員が開け、なかに入り、ふたりは向き合うようにすわった。だんだんと地上が

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回虫のように 8章

 奈緒は赤羽に住んでいた。赤羽駅西口を南へ十五分ほど歩いたところにある丘の中腹に、その新築の鉄筋アパートはある。二階のいちばん奥の部屋を彼女は借りていた。
 玄関を開けると廊下がまっすぐ伸びている。右側には小さなキッチンと冷蔵庫がある。左側にはドアがふたつあり、ひとつはトイレ、ひとつは洗面台と洗濯機と浴室があるスペースに通じている。廊下の突き当りの居間の中央にテーブル、壁際にベッド、その向かいの壁

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回虫のように 9章

 翌日は大学の始業式だった。授業はなかったがフットサルサークルの大会が午後からあった。顔を出さないか、と奈緒も誘った。
「用事が終わり次第、行くわ」と彼女は返信をくれた。
 池袋駅からすぐ近くにあるデパートの屋上が会場だった。フットサルコートが三面ある。自動販売機近くのベンチに郵太郎たちのサークルは荷物を置いた。
 フットサルはサッカーのミニチュア版だ。試合中に何度も選手交代ができるので、体力に自

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回虫のように 10章

「お風呂、借りるわ」
 と、奈緒は部屋について靴を脱ぐなりそう言った。酔いが覚めた郵太郎は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、居間のベッドの縁を背もたれにして、彼女がシャワーを浴びる音を聞きながら缶を開けて飲んだ。シャワーの音が止み、浴室のドアの開閉音のあとに、バスタオルで体を拭く音が聞こえた。
「脱衣所にあったから借りた」
 奈緒は郵太郎がパジャマがわりに使っていたスウェットの上下を着ていた。郵太郎の

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回虫のように 11章

 翌朝、奈緒は起床すると冷蔵庫から栄養ドリンクをひと息に飲み干し、空いた小瓶を水で洗い、ティッシュで水気をふきとり、呼び寄せた回虫をなかに入れた。
「腸までいっちゃったら会えないものね」彼女は言った。
奈緒は味が薄いといってトーストに郵太郎の倍ほどバターを塗っていた。
 朝食をすませると奈緒はすぐに回虫を体のなかに入れた。ちゅるり、と飲み込む音がした。食前に回虫を呼び戻して、食後に体へ戻すつもりだ

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回虫のように 12章

 奈緒が吐血して病院に緊急搬送されたのはその日から二週間後だった。
 食道から胃にかけていくつか小さな裂傷が見つかり、そこから出血したと診断された、と奈緒は語った。薬を処方され、脂が多いものや辛いものを食べることを控えるように医師に注意された。奈緒は血を吐いたときの状況を次のように言った。
「キャンパスのベンチで友達とお弁当を食べようとしたら咳が止まらなくなったの。何度か重い咳をしたら血が出た。そ

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回虫のように 13章

「いいアイデアが浮かんだの」
 と奈緒が連絡をしてきたのは、五月の長い連休に入ってすぐだった。直接伝えたい、と彼女は言った。郵太郎のアパートに奈緒が着いたのは十時前だった。
 また新しい下着でも買ったのだろうか、と郵太郎は思った。彼女とセックスができなくなって二週間ほどが経っていた。
 ドアを開くと奈緒が明るい顔をして立っていた。白い無地のTシャツに赤いカーディガンを羽織り、タイトなジーンズを履い

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回虫のように 14章

 池袋駅北口から十分程度歩き、真っ白なビルの一階にあるイタリアン料理店に入った。待つことなく、壁際のテーブルに案内された。
 郵太郎は奈緒とおなじ明太子スパゲティを注文した。
 注文を受けた店員がテーブルを離れると、奈緒はトートバッグから小袋を出して郵太郎に渡し、
「食べる前に、吐いて」と言った。
 袋のなかには、奈緒が愛用していた小瓶と、掌サイズの網目の細かいステンレス製のザルが入っていた。ザル

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