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#短編小説
回虫のように 10章
「お風呂、借りるわ」
と、奈緒は部屋について靴を脱ぐなりそう言った。酔いが覚めた郵太郎は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、居間のベッドの縁を背もたれにして、彼女がシャワーを浴びる音を聞きながら缶を開けて飲んだ。シャワーの音が止み、浴室のドアの開閉音のあとに、バスタオルで体を拭く音が聞こえた。
「脱衣所にあったから借りた」
奈緒は郵太郎がパジャマがわりに使っていたスウェットの上下を着ていた。郵太郎の
回虫のように 11章
翌朝、奈緒は起床すると冷蔵庫から栄養ドリンクをひと息に飲み干し、空いた小瓶を水で洗い、ティッシュで水気をふきとり、呼び寄せた回虫をなかに入れた。
「腸までいっちゃったら会えないものね」彼女は言った。
奈緒は味が薄いといってトーストに郵太郎の倍ほどバターを塗っていた。
朝食をすませると奈緒はすぐに回虫を体のなかに入れた。ちゅるり、と飲み込む音がした。食前に回虫を呼び戻して、食後に体へ戻すつもりだ
回虫のように 12章
奈緒が吐血して病院に緊急搬送されたのはその日から二週間後だった。
食道から胃にかけていくつか小さな裂傷が見つかり、そこから出血したと診断された、と奈緒は語った。薬を処方され、脂が多いものや辛いものを食べることを控えるように医師に注意された。奈緒は血を吐いたときの状況を次のように言った。
「キャンパスのベンチで友達とお弁当を食べようとしたら咳が止まらなくなったの。何度か重い咳をしたら血が出た。そ
回虫のように 13章
「いいアイデアが浮かんだの」
と奈緒が連絡をしてきたのは、五月の長い連休に入ってすぐだった。直接伝えたい、と彼女は言った。郵太郎のアパートに奈緒が着いたのは十時前だった。
また新しい下着でも買ったのだろうか、と郵太郎は思った。彼女とセックスができなくなって二週間ほどが経っていた。
ドアを開くと奈緒が明るい顔をして立っていた。白い無地のTシャツに赤いカーディガンを羽織り、タイトなジーンズを履い
回虫のように 14章
池袋駅北口から十分程度歩き、真っ白なビルの一階にあるイタリアン料理店に入った。待つことなく、壁際のテーブルに案内された。
郵太郎は奈緒とおなじ明太子スパゲティを注文した。
注文を受けた店員がテーブルを離れると、奈緒はトートバッグから小袋を出して郵太郎に渡し、
「食べる前に、吐いて」と言った。
袋のなかには、奈緒が愛用していた小瓶と、掌サイズの網目の細かいステンレス製のザルが入っていた。ザル