Kentarotawara

開発エンジニアへの転職を目指しています。新人賞応募用小説と140字小説を書いています。…

Kentarotawara

開発エンジニアへの転職を目指しています。新人賞応募用小説と140字小説を書いています。。RUNTEQというプログラミングスクールに通い(2020/05/06)、11月からエンジニアに転職しました。

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  • 未経験から開発エンジニアになるまで

    開発エンジニアになるためのポートフォリをづくりをアウトプットした過程を集めたもの

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    小説を書きました。

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    朝っぱらに15分くらいで思いついたことをだらだら書く

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    ひらこ文体を研究する一連の記事です

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回虫のように 1章

赤井郵太郎(あかいゆうたろう)が出産をしたのは、二十一歳の誕生日だった。  腹痛で目が覚めたとき、ベッドの枕もとのデジタル時計は三月三十一日の四時過ぎを示していた。まだ夜は明けていない。空気はひんやりとしていた。隣の女性は静かに寝息をたてている。彼女のみずみずしい肌の足が薄闇のなかに白く伸びていた。郵太郎はブランケットを西村奈緒(にしむらなお)にやさしくかけた。  痛みが激しくなったのはその瞬間だった。思わず声が漏れてしまうほどの激痛だった。とっさに体を折り曲げて、痛みのする

    • 「イラストレーター 安西水丸 展」に行ってきた

      世田谷文学館にて開催されていた「イラストレーター 安西水丸展」に行ってきた。芦花公園(ろかこうえん)なる京王線の駅で下車し曇り空のなか閑静な住宅街をぬけ、5分くらい歩いたところに世田谷文学館はある。 村上春樹が好きで読書にのめり込んだので安西水丸にはどことなく親近感があった。友達の友達のような感覚に近いかもしれない。 受付で検温と手指の消毒をさらりと済ませ来館日時と連絡先を記入しチケットを大人一枚900円で購入すると、目の前には安西水丸展のグッズ売り場が広がる。手にとって

      • 回虫のように 18章

         若くて背の高い医師は簡易ベッドにうつぶせになった郵太郎の傷口を確認して、 「うまく治ってますね。抜糸をします」  と言い、女性スタッフが用意したハサミとピンセットで抜糸をは:た。痛みはない。処置はすぐに終わった。 「きれいに縫合されてます。これで終わりです」  回転椅子にすわった郵太郎にそう言った。医師のデスクには銀のトレーがあり、黒ずんだ糸が数本並んでいた。じっとながめていると、身をよじらせるような気がした。その視線に気づいた医師は微笑しながら言った。 「記念に持って帰り

        • 回虫のように 17章

           抜糸の前日の夕方に、冷蔵庫の中身が空になり、用意していたレトルト食品もなくなったので、最寄りのスーパーに向かった。 車道の脇の歩道をひとり歩いていると、吊橋を歩いている気持ちになった。吊橋はどんどんと朽ちていき、風は強く吹き、踏み板が揺れる。背後には時間の墓場としての虚無が広がる。歩き続けるしかない。使命を自覚していないからだ、と父の声が風のなかに聞こえる。どこにも誰にもつながっていない、と郵太郎は思った。 向こうから女性が歩いてくる。街路樹を過ぎるたびに葉を指でこすってい

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        回虫のように 1章

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          回虫のように 16章

           頭を押さえていたタオルが赤く染まっているのを見た病院のスタッフは、すぐに応急処置が必要だと判断し、医者の待つ部屋に案内した。 「あれ、見た顔だね」  部屋に入るなり眼の前の老医者が言った。寄生虫を見せた医者だった。内科の担当のはずだ。郵太郎が怪訝そうな目で見ていると、 「外科の先生はどうしてもはずせない用事があってね。頭を縫うくらいなら私にもできる」と彼はにやっと笑った。汚い歯がやはり並んでいた。  女性のスタッフに指示されて簡易ベッドにうつ伏せになった。タオルの半分に血

          回虫のように 16章

          回虫のように 15章

           まず眠れなくなった。奈緒に回虫を渡した夜、ベッドに入ると目を閉じていつものように、明日は六時に起きる、とつぶやいた。胃からの反応がないことで、回虫がいないことを実感した。胃に回虫の感触を求めてしまい、結局明け方まで眠ることはできなかった。  起きると時間はすでに昼前だった。大学の講義には間に合わない。いつものように食事をする前にトイレに入り、回虫を吐き出そうとして上体を倒し、尿と便のかすかな臭いが鼻についたときに、回虫がいないことを思い出した。途端に、不安な気持ちになった。

          回虫のように 15章

          回虫のように 14章

           池袋駅北口から十分程度歩き、真っ白なビルの一階にあるイタリアン料理店に入った。待つことなく、壁際のテーブルに案内された。  郵太郎は奈緒とおなじ明太子スパゲティを注文した。  注文を受けた店員がテーブルを離れると、奈緒はトートバッグから小袋を出して郵太郎に渡し、 「食べる前に、吐いて」と言った。  袋のなかには、奈緒が愛用していた小瓶と、掌サイズの網目の細かいステンレス製のザルが入っていた。ザルで吐瀉物を濾して、回虫を取り出せ、ということだろう。 「慣れれば簡単よ」と奈緒は

          回虫のように 14章

          回虫のように 13章

          「いいアイデアが浮かんだの」  と奈緒が連絡をしてきたのは、五月の長い連休に入ってすぐだった。直接伝えたい、と彼女は言った。郵太郎のアパートに奈緒が着いたのは十時前だった。  また新しい下着でも買ったのだろうか、と郵太郎は思った。彼女とセックスができなくなって二週間ほどが経っていた。  ドアを開くと奈緒が明るい顔をして立っていた。白い無地のTシャツに赤いカーディガンを羽織り、タイトなジーンズを履いていた。その場で奈緒は、 「あなたが飲めばいいのよ」と言った。 「何を?」 「回

          回虫のように 13章

          回虫のように 12章

           奈緒が吐血して病院に緊急搬送されたのはその日から二週間後だった。  食道から胃にかけていくつか小さな裂傷が見つかり、そこから出血したと診断された、と奈緒は語った。薬を処方され、脂が多いものや辛いものを食べることを控えるように医師に注意された。奈緒は血を吐いたときの状況を次のように言った。 「キャンパスのベンチで友達とお弁当を食べようとしたら咳が止まらなくなったの。何度か重い咳をしたら血が出た。それで気分が悪くなってその場で少し吐いたの。そしたら血がどろっと混じってて。私は大

          回虫のように 12章

          回虫のように 11章

           翌朝、奈緒は起床すると冷蔵庫から栄養ドリンクをひと息に飲み干し、空いた小瓶を水で洗い、ティッシュで水気をふきとり、呼び寄せた回虫をなかに入れた。 「腸までいっちゃったら会えないものね」彼女は言った。 奈緒は味が薄いといってトーストに郵太郎の倍ほどバターを塗っていた。  朝食をすませると奈緒はすぐに回虫を体のなかに入れた。ちゅるり、と飲み込む音がした。食前に回虫を呼び戻して、食後に体へ戻すつもりだと奈緒は語った。  薬局に着いたのは十一時だった。駆虫薬はひとつの小さな錠剤だっ

          回虫のように 11章

          回虫のように 10章

          「お風呂、借りるわ」  と、奈緒は部屋について靴を脱ぐなりそう言った。酔いが覚めた郵太郎は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、居間のベッドの縁を背もたれにして、彼女がシャワーを浴びる音を聞きながら缶を開けて飲んだ。シャワーの音が止み、浴室のドアの開閉音のあとに、バスタオルで体を拭く音が聞こえた。 「脱衣所にあったから借りた」  奈緒は郵太郎がパジャマがわりに使っていたスウェットの上下を着ていた。郵太郎の隣にすわり、彼女は郵太郎の缶ビールを奪うと、ごくごくと飲みほした。そして、 「あ

          回虫のように 10章

          回虫のように 9章

           翌日は大学の始業式だった。授業はなかったがフットサルサークルの大会が午後からあった。顔を出さないか、と奈緒も誘った。 「用事が終わり次第、行くわ」と彼女は返信をくれた。  池袋駅からすぐ近くにあるデパートの屋上が会場だった。フットサルコートが三面ある。自動販売機近くのベンチに郵太郎たちのサークルは荷物を置いた。  フットサルはサッカーのミニチュア版だ。試合中に何度も選手交代ができるので、体力に自信のない初心者にも人気だった。郵太郎もこの理由で大学からフットサルをはじめた。

          回虫のように 9章

          回虫のように 8章

           奈緒は赤羽に住んでいた。赤羽駅西口を南へ十五分ほど歩いたところにある丘の中腹に、その新築の鉄筋アパートはある。二階のいちばん奥の部屋を彼女は借りていた。  玄関を開けると廊下がまっすぐ伸びている。右側には小さなキッチンと冷蔵庫がある。左側にはドアがふたつあり、ひとつはトイレ、ひとつは洗面台と洗濯機と浴室があるスペースに通じている。廊下の突き当りの居間の中央にテーブル、壁際にベッド、その向かいの壁にテレビ台とテレビが置かれていた。テレビの横には本棚があった。  脚の低いテーブ

          回虫のように 8章

          回虫のように 7章

           チケット売り場の女性は、閉園まであと三十分です、と告げた。  平日の客は少なかった。カップルや学生のグループが何組かいるだけだった。まっすぐに観覧車へ向かった。ジェットコースターの走る音に人間の声が少しだけ混じっていた。夜のなかで観覧車はカラフルな光を不気味に放っていた。  ほとんど待つことはなかった。赤く光るゴンドラの扉を係員が開け、なかに入り、ふたりは向き合うようにすわった。だんだんと地上が離れ、街が小さくなっていく。  郵太郎は真面目な振りをして、 「いつ爆破するんだ

          回虫のように 7章

          回虫のように 6章

           ビルを出ると細く白い奈緒の指に、郵太郎は自分の指を絡めた。池袋の空はまだ明るかった。目の前の車道を車が行き交う。 郵太郎は奈緒に占いのプレゼントの礼を言った。 「占いによれば、あなたは今日、変わるのよ。たぶん私の前で」 「当たればね」 「当たるんだから」奈緒は笑顔をつくった。 「次も何か予定があるのか?」 郵太郎の問いに奈緒は、公園に行きたい、と答えた。  南池袋公園のカフェを見ながら、貸出用のゴザを芝生に敷いた。公園の真ん中にそびえるけやきの樹の太い幹によりかかりながらカ

          回虫のように 6章

          回虫のように 5章

           狭く埃っぽいエレベーターに乗り、奈緒はB1のボタンを押した。扉が開くと、占いの館の看板が目に入った。看板には大きな金色の文字で、 『ホウオウがあなたの生と死を導きます』  と書いてあった。入口のドアには、鳳凰が描かれたステンドグラスがはめ込まれていた。ドアを開くとすぐに受付があり、カウンターのなかで中年女性が煙草を吸っていた。鳳凰の描かれた赤い袈裟と、赤いターバンを身につけていた。  奈緒の予約を確認すると、その女性は煙を大きく吐き、灰皿に煙草を押し付け、 「こっち」  

          回虫のように 5章