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遠藤健太郎 Kentaro Endo
2019年12月31日 21:21
給食の時間の前に草介と春花は教室に戻ってきた。春花は良子の方へ近づいていき声をかけた。「国枝さん、ごめんね。ごめんなさい。国枝さんって勉強もできるし、なんかいつも周りに流されてなくてかっこいいなって思ってたんだ。だから嫉妬しちゃってて…… 大変そうなのにいっつも平気な顔してる国枝さんを見てると、私の悩んでることとかってすごくバカらしい気がしちゃって。つい意地悪な気持ちになって、怒らせてみたかっ
2019年12月31日 02:03
教室は騒然としていた。体の大きな男子生徒数人が止めに入って、草介は体勢を崩してその場に倒れた。体の大きくない男子生徒は倒れ込んだ草介を見て自分の身の安全を確認できたのか、その直後に上から草介を押さえつけた。草介は押さえつけられたまま、抵抗することもなく虚ろな表情で辺りを見回していた。女子生徒たちは倒れて動かない春花に近寄って悲鳴や嗚咽を漏らしている。ゆっくりと春花の顔を起こすと、焦点の
2019年12月29日 20:27
草介はまた学校に通い始めた。犯人は捕まり、自分に疑いがかかる可能性はもうないのだろうと思った。それに両親にいつまでも心配をかけるのは忍びない。いつも通り。普通にしていよう。犯行に使った凶器や衣類は休みの日に電車で四駅離れた場所の山中に埋めた。ここなら誰も見つけられないだろうと前々から考えていた場所だった。これからどうしよう。俺は見て見ぬ振りをする人間になりたくなかったのだ。自分にどんな
2019年12月28日 16:15
アパートの入り口には献花がされていた。おそらくニュースを見て事件を知った近所の人が花を置いたのだろうと清川匠は思った。「人が死ぬってのは、寂しいもんだなぁ」事件との関わりはもうなく、ここに用もない。けれども気になって立ち寄った清川は、誰にともなく呟いた。国枝敏弘とはどんな人間だったのだろう。どんな人生を送ってきたのだろう。無残に殺された人間の姿を初めて見て、生前の彼に興味を持ちはじめた
2019年12月23日 08:39
国枝良子は学校に通い続けた。この時間もあと少しで終わる。あと半年すれば高校を卒業する。そしたら一人暮らしを始めよう。じきに親戚とも疎遠になっていって、生きていても死んでいてもどちらでもいい存在になるんだろう。私は生まれ変わって、今までの誰とも今後は関わらずに自分の人生を始めよう。今度こそ、幸せになれるかな。教室に入り、足につけられた痣を隠すために履いている長めのスカートを整えて席に着い
2019年12月18日 23:48
草介は静かに家を出ると、人目につかないように気をつかいながら音を立てぬよう小走りで外を駆けていった。小走りならここから十五分くらいで何もなければ着くだろう。雲一つない夜空を見上げると、月が微笑んでいるかのように妖しく光っていた。今日が人生最大の勝負になる。恐怖で心臓が張り裂けそうに高鳴っている。けれどもう、自分が退けないことはわかっていた。***なんのためにやるのか。恨みはない。人
2019年12月16日 21:36
事件発覚から五日が経った。ついに容疑者が逮捕された。容疑者は自称三十六歳の無職の男だった。名前は小山内勉と名乗った。辺り一帯を震撼させた凶悪な殺人事件は、これで終わりを迎えそうだ。小太りで無精髭の、眼光だけが嫌にギラギラと光る容疑者の素顔は、如何にも “っぽい” と誰もが思っただろう。***清川匠は事件の詳細を鑑識と繋がりのある上司の小田さんに聞いてみた。「結局動機はなんだった
2019年12月15日 21:23
食卓で一緒に朝食を食べながら、良子は疎外感をひしひしと感じていた。叔母の旦那にあたる叔父さんは、血縁関係にないこともあり良子の存在への不満の色を隠そうともしなかった。早く高校を卒業したら出て行ってくれと直接言われているような態度だった。良子に話しかけることはまずなく、居心地がいいと思っていつまでも居座られたらたまらないと、意識的に居心地の悪い空気を作っているようだった。中学生になる叔母の息子は
2019年12月15日 00:11
書いた遺書は自宅の机の中の、鍵のかかった引き出しの中にしまっておいた。読まれること、それはすなわち自分が逮捕された時だということを草介は理解していた。それは自分の人生の終わりを意味しているのだと悟った。草介は布団にくるまり嗚咽しながら泣き続けた。頭の中で親しい人の顔が浮かんでは消えた。もう会えないのだと思うとたまらなく悲しくなった。何気ない毎日がこんなにも大切なんだと思い知らされた。友
2019年12月13日 00:17
事件発覚から三日が過ぎていた。この三日間、藤井草介は一睡もできなかった。実際に事件が事件発覚の二日前からほとんど眠りにつけていない。なんとか眠らなくてはいけないという強迫観念から夜中に布団に潜り目を閉じると、不意に手に身に覚えのある感覚が蘇った。最初は柔らかく沈んでいき、途中まで進むと奥になにか抵抗があり押し返してくる。なにかが抵抗している。そしてその抵抗に逆らうようにさらに強く押し返さな
2019年12月11日 23:01
良子は色々なことに想いを巡らせながら、学校からは自宅より少し離れた場所にある親戚の家に向かっていた。誰が父親を殺したんだろう。先生は直接的に父親が殺されたとは言ってなかったが、会話の雰囲気や父親の身の回りのことを考えればきっと事故でも自殺でもなく殺されたんだという確信が良子にはあった。あいつは自殺するような人間ではないし、何より人から恨みを買いまくっている。元々進学するようなお金が家にはない
2019年12月10日 19:30
部屋は酷く散乱していた。殺人現場はこんなものなのだろうと、初めて人が死んでいる現場に訪れた新人警官の清川匠は妙に納得していた。ドアに鍵はかかっていなかった。何度もインターホンを鳴らすが返事はなく、本来ならまず上司に確認すべきなのだろうが無意識にノブに手をかけドアを開けると、すぐに鼻をついてくる強烈な異臭に思わず顔を歪めた。玄関に入ると、一目で全体を見渡せるワンルームの部屋の壁には大量の血痕