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再生 6話

事件発覚から五日が経った。
ついに容疑者が逮捕された。
容疑者は自称三十六歳の無職の男だった。名前は小山内勉と名乗った。

辺り一帯を震撼させた凶悪な殺人事件は、これで終わりを迎えそうだ。
小太りで無精髭の、眼光だけが嫌にギラギラと光る容疑者の素顔は、如何にも “っぽい” と誰もが思っただろう。

***

清川匠は事件の詳細を鑑識と繋がりのある上司の小田さんに聞いてみた。
「結局動機はなんだったんすかね?」
「仏(※殺された被害者のこと)はかなり評判悪かったからなぁ。容疑者とは薬の売買をしていたみたいだ。詐欺まがいなことも容疑者に対してやってたってことはわかってる。おそらくは金だろうな」
「はぁ。まあ自業自得になるんですかね」
「それ、人前で言うなよ」
「もちろんっす! しかし解決して良かったっすね」
「それがな、これから取り調べして見つけるみたいなんだが、凶器に使われた包丁が見つからないみたいなんだ。ま、犯人は間違いないみたいだがな」
「あのヤクチュウの犯人に凶器を隠す頭があるようにも見えないんすけどねー」
「それは言われてることなんだけどな。状況証拠から見ても小山内が事件当日にあの部屋に入ったのは間違いないんだ」
「ならまあ、解決でいいんすかね。俺、今回の仏さんには安らかに眠って欲しいですよ。なんせ初めて見た死体だから、成仏してくれないと夢に出てきそうで」
「お前の都合じゃねえか」
そう言われて清川は苦笑いをするしかなかった。

娘は元気になったかな。清川はふと国枝敏弘の一人娘の良子のことを考えて身を案じた。
「娘さんは大丈夫なんすかね。母親も昔に亡くなってて、今回父親も殺されたとあっちゃ不憫でならないですよ」
「さあなぁ。父親がいなくなって清々してるようならまだマシなんだが、そいつがどんな奴でも親は娘からすりゃたった一人の親だからな。死んじまったら哀しくて堪らんだろうさ」
「そっすよねぇ。俺も親が生きてるうちに親孝行しないと」
「いい心がけだな。お前も早く結婚したほうがいいぞ。家庭があるってなぁ最高だよ」
「小田さんはホント家族愛が凄まじいっすよね。尊敬しますわ」
「愛だよ愛。その辺の姉ちゃんと遊ぶよりも家に帰って子どもと遊ぶほうが百倍幸せだからな。どうせ金使うなら俺は子どものために使いたいよ」
「カッコいいっす先輩! しかし結婚かぁ。先は長そうっす……」
そう言いながら吸っていた煙草に目をやった。煙草、辞めようかな。煙草を吸いながら清川はふと思った。思っただけで結局辞めないこともわかっていた。

***

事件の報道を見て草介は衝撃が走った。
なんでだ? 誤認逮捕? 俺は捕まらないってこと?

テレビに映し出された、容疑者として連行された男は薬物中毒で逮捕歴のある無職の男だった。小山内勉という名のその男は現在も麻薬中毒の疑いがあり、国枝敏弘からは麻薬の購入をしており金を騙し取られていたらしい。
殺害動機は十分に見えるだろうと思えた。

けどあの男を殺したのは自分だ…… 俺だよな?
それとも俺が夢を見ていただけなのか……?
草介は不安になり机の引き出しから遺書を取り出して読み直した。
間違いなく、遺書は国枝敏弘を殺害した予定で書かれていた。
俺に殺意があったのは間違いない。数ヶ月前に包丁を隣町まで行って購入したのも憶えてる。その包丁を電車に乗って四駅離れた場所の山中に埋めたのも憶えてる。
思い出せ。あの日の記憶を思い出すんだ。

あの日、国枝良子は漫画喫茶に泊まっていたんだ。俺はそれを事前に知っていた。

***

国枝敏弘を殺害すると決めてから数ヶ月、ずっと国枝敏弘と国枝良子の動向を伺っていた。
それで水曜日には学校帰りにいつも、国枝良子は自宅と別の方向に向かって帰っていることに気がついた。
それで、気づかれぬように何度か後をつけてわかったのは漫画喫茶に通っているということだった。
最初はアルバイトなのかと思い、客のフリをして中に入ってみたが国枝良子は客として通っているみたいだった。顔を合わせないように注意して見てみると、良子がいつも利用するのは宿泊で利用できるベッドのある部屋だった。
草介は、良子は毎週水曜日にはここに泊まっているのだと確信した。
国枝敏弘は、水曜日には家に娘がいると困るのだろうと予想した。女か。
水曜日に国枝敏弘のアパートの前で夜七時まで張り込みをすると、毎週代わる代わる人がやってきた。水商売風の若い女もいれば、老齢の男性もやってきていた。
一ヶ月、毎週水曜日に様子を伺っていて思ったのは、おそらく薬物の売買をしているだろうということだった。国枝敏弘が薬物を扱っているという噂は耳にしていた。

殺害するなら水曜日だと思った。
アパートの部屋の窓はいつも鍵がかかっていない。ここから忍び込み、寝静まっている国枝敏弘を忍ばせていた包丁で突き殺す。
指紋と毛髪、目撃されることに細心の注意を払って実行すれば、国枝敏弘と直接の関係性がない自分が疑われることはないだろうと踏んでいた。

***

水曜日が、やってきた。
日付変わって木曜日の深夜一時。家族が寝静まっているのを確認した。
事前に用意して自室に隠していた包丁を持って、手袋とマスクをしてキャップを被って草介は家を出た。

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